いつの間にか前回のブログから5ヶ月経ってた。

読み返してみると、穏やかな日々を送ってて久々にのんびり暮らしてる様子。

確かにそうだったなと今振り返ってみても本当にそう思う。

 

自分の6月の誕生日の朝。「そんな気がする」と思いドキドキしながら検査薬使ってみた。

直ぐに陽性反応。

 

「妊娠したんだ、私。妊娠できるんだ私。お母さんありがとう。」が率直な気持ち。

 

3ヶ月前ぐらいから、アプリで排卵日調べたり、葉酸サプリ飲み始めたり、体温測ったりと妊活的な事始めてた。

でも生理は来るんだよね。妊娠てすぐ出来るもんだと思ってたからちょっと自分の体が不安になってきてた。

 

去年のお母さんとの別れから数ヶ月がたって、私も周りも普段の生活に戻り始めて「そろそろ子供ほしいな。年齢的なこともあるしな」と思ってて、周りも「子供は?妊活してんの?」って聞き出してきたし。

 

2周期ともリセットした時、「私、妊娠できる体なのかな?大丈夫かな?」と不安になって、半年頑張ってみて出来なかったら病院行ってみようかなと。

勝手に不安になって落ち込んでる私の横で、旦那ちゃん「ケ・セラセラ〜」って歌い出した。その歌を知らなかった私は呑気な彼にちょっとイラッとしたけど、「この歌知らないの?」って言われて調べてみて泣いた。

 

私の知らないところで彼も彼なりに色々調べててくれてたり、サプリなんか買って飲んでたり。

言葉は少ない相変わらずな彼だけども、やっぱり本当に優しい人なんだなと。彼と結婚できて本当に良かったなと。

 

検査薬の結果を帰宅した彼に報告したらハニカミながら照れながら喜んでた。

 

そして直ぐに病院に予約をして親友ちゃんと行ってきた。ドラマでみた「おめでとうございます」言われて改めて妊娠実感。

「無事に育つかな?大丈夫かな?」って不安になってるうちにすぐに「つわり」という症状がでてきた。それから約3ヶ月、今までに体験したことのない体調絶不調で引きこもり生活。

本当に本当に辛すぎて毎晩過呼吸になるど泣きながら耐えた。(つわりの症状は別で記録する)

まだお腹が出てないから本当に赤ちゃんが元気に生きてるのか不安になりつつ、毎晩くる猛烈な吐き気が辛すぎて「もうやだもうやだ」連呼。待ち望んでた妊娠なのに喜びが消え、とにかく楽になりたかった。(これって本当につわりが重い人しかわからないと思う。)そしてお母さんに会いたくて会いたくて。助けてほしくて。そしたらそのうち幻覚が見え始めた。お母さんが部屋のドアから「なぁ〜に泣いてるの、大丈夫よ、大丈夫。頑張りなさい」って私に近寄ってくる。

 

「強くならなきゃ。お母さんがいつも側にいてくれる。」って自分に言い聞かせる。

どんなに嘆いても、お母さんはもういない。自分しっかりしなきゃね。

インスタとかブログとか見てるとキラキラマタニティー生活をしている人たちを見るとものすごく不思議で落ち込んだ。

みんななんで平気なの?気持ち悪くないの?どうして???もちろん個人差があるのは承知の上ですが。

 

そんな中ある人が書いてた言葉が突き刺さった。

「幸いつわりもなく、楽しいマタニティ生活!我が子はお腹にいる時から親孝行!」

 

つわりで苦しんでるその時の私は精神的にもやさぐれてたからその言葉を見た時、無性に腹が立ってしまった。でもお腹に手を当てて「そんなことない。あなたもいい子だよ。ごめんね大丈夫だから。」

 

そしてここからが本題。

忘れもしない4回目の検診。つわりで運転できず、彼は仕事休めず、親友ちゃんが連れてってくれた。

親友ちゃんはそこで2回お産してるから院長先生とも仲良し。初診の時は一緒に診察室に入って妊娠確認を一緒に聞いて喜んでくれてた。

 

今回は待合室で待っててもらい私だけ診察室へ。4回目で初めてお腹のエコー。でも先生が「んー見えないなー」って。は?見えない?赤ちゃんいないの?って一瞬恐怖になる。

ただ単に小さくてまでお腹のからのエコーでは見えなかった。そして下からのエコーに移動。すぐにモニターに映し出されてたエコー映像。

 

「ん?これは私のエコーですか?前に人のですか?」と。

『mimiさんのですよw』

 

素人の私でもはっきりわかった。二つのちいさな赤ちゃんが動いてる。はっきり動いてるのが見えた。

 

『双子ちゃんですね〜』

 

えぇぇぇ???本当ですか???????双子?????私が???

 

正直嬉しさより、「不安。大丈夫かな。ちゃんと産めるのかな」が率直な感想。

 

そのうち院長先生やら他の先生やらがモニターをよーく確認してくれてた。一卵性双生児。mdtwin。

診察台から着替えて別部屋に戻ると、多くの看護師さんや男の先生やら、なぜか親友ちゃんも呼ばれててみんなで私を見て「おめでと〜」って笑顔だった。親友ちゃんは「mimi〜」って泣きそうな驚いたような顔してた。

 

そこから色々な専門的な用語で詳しい説明されて転院の話もされてたけど、頭の中パニックな私は全く耳にはいらず、側にいてくれてた親友ちゃんがよく聞いてくれてた。感謝。一緒に来てくれて本当に助かった。

 

旦那ちゃんもお父さんもみんな言葉を失うほど驚いてたけど、特にお父さんはめちゃくちゃ喜んでた。旦那ちゃんはとにかくアタフタwわかるよわかるよその気持ち。

 

つわりで苦しんでる時、「もう無理。もう妊娠無理。ごめん、この子はもう一人っ子決定。」って何度も嘆いてた。

きっとそんな私をみかねたお母さんが「じゃ、いっぺんに2人!」って二つの命を宿らせてくれたのかなと、勝手な解釈。

 

1人の命でも十分な奇跡な妊娠なのに、それが二つ。奇跡の中でももっと奇跡。

 

私のいとこは二卵性だけど双子を出産している。昔、お母さんに「私も双子妊娠したらどうする?」って聞いたことがある。

「万々歳ね!」

 

母ちゃん、どうもありがとう。素敵な贈り物。

 

おそらく女の子。お母さんに似て美人で知的で、優しくて純粋な子だといいな。

いや、元気に二人とも生まれてくれるだけで十分か。

 

今7ヶ月。順調にスクスク育ってる。

私頑張るから、この子達を無事に産んでみせるから、母ちゃんどうかどうか側で見守ってて。

産んでからのことは産んでから考える。

とりあえず、今は毎日を無事に過ごせることを祈り感謝し、大事に大事にこの奇跡の子達をお腹の中で立派に育ててみせる。

当たり前にくる毎日を、当たり前と思わず、日々感謝。

 

1年前、ちょうどお母さんが急変して入院した。それから1年過ぎた。

1年って短いようだけど、こんなに環境がガラッと変わる怒涛な1年は今までにないな。

 

命のリレーだね。

 

大丈夫大丈夫、ケ・セラセラ。

 

mimi

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のどかで平凡な毎日を送ってる。こんなにも心も体もゆっくりした生活はどれくらいぶりだろう。

 

20代前半の頃、会社を辞めてから再就職するまでの約1年間のニート生活の頃となんら変りないリズムなような気がするけど、

明らかな違いは心境だ。その頃は「大卒ニート」が頭の中にずっとあって、家にいてもハラハラしてて、厳格な父から毎晩就職活動について聞かれ疲れてたな。外に出ても、忙しくしてる友達や、街ゆく中で一生懸命働いてる人達をみて焦って。。。

何社も何社も落ちまくって、「ご縁がなかった。。。」手紙を破り捨てて。。。私の全人格否定されているような気がして落ち込んでたな。

「よっ、ニート!」「mimiっていつもお金無いイメージ」って言われて激しく落ち込んだ。何気ない一言にナイフを刺されたような気持ちで、誰にも会いたくなくてもう少して引きこもりになるところだった。

 

そんな私をいつもいつも励ましてくれたのはお母さんだったな。いつもいつでも応援してくれてた。「あんたは悪く無い、この世の中が悪いんだ」って夜中に言ってくれた一言でどんなに救われたか。。。

 

言葉って時として人を殺し、人を救う。特に落ち込んでる時に人に言われる一言は良い事にせよ悪い事にせよ一生残る。

 

話がそれちゃったけど、今は、専業主婦ってだけで特に何もしてないけど焦りもなく、誰かに何かを言われることもない。(今はまだね)もしかしたら、今後何か言われるかもしれないけど。

 

このタイミングで赤ちゃんがきてくれれば最高なんだけどな。まぁそんなうまくいかないのが人生か。気長にそのときがくるのを待つしかないね。

 

ちょうど1年前のブログを読み返してたら1年後の今の自分に質問があったから答えてみる。これで2年連続かな。そしてまた来年も聞いてみよう。

 

そしてまた一年後の2019年5月の私に聞いてみよう。

 

□母ちゃんは元気か?普通の生活送れてるか?

 こんな回答になるはずじゃなかった。誰よりも高いとことで痛みも苦しもない世界でばぁちゃん達とのんびり暮らしてる。

 そしてずっとずっと側にいてくれてる。いつでも感じる。

 

□無事に結婚式出来たか?誰が代表スピーチ、余興とかやったの?みんな来た?

 母のいない結婚式。でもみんな来てくれて、みんな祝福してくれて、幸せな時間だった。お母さんも喜んでくれてたはず。

 親友ちゃんがスピーチしてくれて、サプライズで余興など沢山してくれた。涙が止まらなかった。どうもありがとう。

 

□妊娠した?

 まだ。赤ちゃん欲しいピークwでもこればっかりは運次第。彼ちゃんをお父さんにしてあげたい。

 未来の赤ちゃん、いつでもおいで。みんなみーんなあなたを待ってるよ。

 

□親友ちゃんの子供は女の子?

 男の子!可愛い男の子!!今度は女の子が欲しくなっちゃうねw

 

□無事に退職できた?

 無事に円満退職できたはず。わかってくれる人たちは快く送り出してくれた。そんな人たちだけで充分。

 死ぬまで辞められないと思ってた自分がアホくさい。そう思わせてた奴らが悪い。でも、もう関係無い。

 

□彼との暮らしはどう?

 毎日、毎日、彼ちゃんの帰宅が待ち遠しい。お互い緊張感が無くなったけど、でも優しさは本当に変わらない。

 こんなに気を許せる人は、母と彼ちゃんだけ。彼ちゃんと出会えて、結婚できたことを毎日感謝。

 

□独身友達の親友は結婚できた?

 できたできた!私と親友ちゃんがうまくアシストして!ただ、今後が少し心配。

 

□幼馴染に彼氏できたか?

 未だにできない。他の独身友達から聞いたお勧めの結婚相談所を強く勧めた。

 

□今幸せ?

 幸せ。ずっと孤独を感じてた生活をしてたから余計に。こんな日がくるなんてって毎日彼ちゃんを見て思う。

 結婚に夢を持てなくて悲観ぎみだったけど、彼ちゃんと出会えたことで結婚がこんなにも幸せだなんて感じれた。

 のろけじゃない。素直に今の気持ちを言ってみた。ラブラブとかじゃなく、心が安らげるの彼ちゃんといると。

 ただ、お母さんに会いたい寂しい気持ちは日々増すけど。でも、私が幸せだとお母さんも喜ぶはずだから、彼ちゃんと

 ニコニコしながら過ごす。うん、なでもない毎日が幸せ。

 

そして2020年5月の私に聞いてみよう。

 

◇お父ちゃんは元気か?兄夫婦と仲良く暮らしてるか?

◇赤ちゃん来てくれた?

◇彼と変わらず仲良く暮らしてるか?

◇アイコスまだ吸ってる?

◇親戚のみんな元気か?

◇今も幸せ?

 

1年って短いようで色々変化するに充分な時間な気がする。厄年なんかに負けるな。

 

mimi

 

前回のブログから半年も過ぎた。

私の今までの人生でもっとも天と地を見た半年だった。いっきに色々なことがありすぎて何から書いたらいいのか。

やっと書ける余裕がでてきたら、書こうかな。

まとまりのわるい日記になりそうだから、何個かにわけるかも?

 

まず、

 

神様やじーじゃん、ばーちゃんに毎日四六時中手を合わせて願い、空を見上げて願い、神社やお寺にお参りし、

私だけではなく、友達や親戚の人もみんなみんな願った。

 

真夜中の病室。痛がる母ちゃんにただ側にいることしか出来ない自分の不甲斐なさと、こんなに苦しめる理由を考え込み、

いろんな感情がゴジャマゼになり泣き叫んだ。「神様、神様、、、」

 

神様なんてどこにいんだよ。いねーじゃねえか。くそやろう。なんでなんでなんで母ちゃんなんだよ。納得する理由を教えてくれ。

誰に聞いても、何を読んでも、何を見てもどっこにも納得する答えなんてでできやしない。

 

お母さんに会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。

 

ねぇ、残酷すぎない?ひどいんじゃない?ひどすぎるよ。全く納得できない。今もまだ受け入れられずにいる。だって「お母さん」だよ?私を産んでくれたお母さんだよ。この世で一番わがままが言えて、一番の理解者であり、尊敬できて、天使のような純粋な人。「お母さんがいないと生きていけない」っていつも言ってのに。

 

誰に対しても優しく、いつもキラキラ笑ってて太陽みたいで、なんでもできて、健康志向で、運動大好きで、、、

 

親っていつまでも元気でいると思ってた。

 

 

でもさ、結婚式の1週間後って。

神は何がしたかったんだ?私は無条件で幸せになってはいけないの?

 

昔、どんどん結婚していく友達を見てて、「私も結婚する時は、お母さんにと一緒にドレスを選んだり、家電を見に行ったり、

新居で一緒に料理したりするんだろうな、お母さん楽しみにしてるんだろうな」

みんなが普通にしている事が、私には永遠のに夢になった。

 

病院に毎日通いながら結婚式の準備はなかなか堪えたな。。。疲れたとかじゃなく、「母親のいない結婚式」の意味。

 

もう出れないってわかっていながら「あんたのために頑張ってるんだからね」ってか細い声で言われた。

最後まで出席することを諦めてなかった。それを見るのが辛すぎた。

 

結婚式当日の朝

「mimi結婚おめでとう。幸せになってね」

『もう幸せだよ』

 

それが最後の会話。結婚式の翌日から容態が急変。

主治医に余命を告げられて、夢のような結婚式からいっきに地獄に落とされた。

きっと先生は前々からお母さんの余命はわかってたはず。でも、結婚式を控えてる私のためにきっと希望をもたせてくれたんだなと。

 

お母さんは本当に私の為に戦ってくれてたんだなと。「結婚式がなければもっと早かったかもね」って言われる。

 

最後の数日は「頑張れ、きっと良くなるよ、もう少しだよ」じゃなく、「もう休んでいいんだよ。寝ていいんだよ。」

 

「自分の母親は死なないって思ってた」ってなんかの漫画で見たけど、ほんとそう。

 

夜中の病室で、結婚式で読んだ両親への手紙を眠るお母さんに泣きながら読んでみた。聞こえてたはず。

 

お母さんの事がでかすぎて、結婚式を挙げたのが遠い昔のように感じた。結婚式の余韻に浸る余裕もなく、気力もなく。

結婚式で久々に会う友達が、今度はお母さんの葬儀でまた集まるなんてみんなも想像してなかっただろうな。

みんなに気を使わせてしまったな。

 

結婚式が終わってすぐにでも病院へ行きたかったけど、海外から来た友達の見送りや、お世話になった友達の見送りなどあり、すぐに行けず、二日後になってしまった。その間も父や親戚から電話があり、すぐにでも行きたったが難しかった。

その事を後悔してるけど、でも、きっとお母さんは私の決断や選択を尊重してくれたはず。お母さんだから。

 

約1ヶ月ちょっとの激闘の入院生活。本当に今までの生活で大変だった時間。

あまりの激痛に耐えるお母さんが、お母さんじゃないみたいに見えて怖くて辛くて逃げ出したくなったり、夜中一睡もできず付き添いするのが想像以上に辛く、大丈夫だと思ってたけど自分の弱さに嫌気がさして父に助けを求めたり。

本人が一番辛いはずなのに。頑張ってるのに。何もできない。助けられない。

 

辛かった。

 

本当は退院して、自宅で私が介護する予定で計画してたんだけどな。したかったな。もう少し一緒にいたかったな。

 

22歳で厳格で亭主関白な父と結婚して、26歳で兄、30歳を私を産み、子育てと、仕事をしながら家庭を守り、心優しい母は家族みんなのサンドバックで、みんなそれぞれ母に甘えて言いたい放題で、困らせてばかりで。

 

「これからは好きな事いっぱいするんだ!」

 

って言ってたのに。

 

神よ、母にもう少しこの世での自由な時間を与えてくれてもよかったんじゃない?なんで?

 

クソみてぇなカスどもがのうのうと生きやがって。。。。って悲しいニュースをみるといつも思ってしまう。

 

お母さんの姿形は見えないけど、なんだか無敵な気がします。ずっと私の側にいるはずだからね。

よく夢にも出てきてくれる。

実家の台所に立つと、お母さんの気配がしたり、匂いがする。

気のせいじゃない。思い込みなんかじゃない。だったとしても、それで幸せを感じるからいいの。

 

でも、お母さんの洋服を洗濯することがまだ出来ない。お母さんの良い匂いがめっちゃするから。実家にいるときたまに

抱きしめながら嗅いでしまう。そんでまた涙がとまらん。

 

まだまだ涙なくしてお母さんを思えない。

 

とにかく

会いたいの。

 

 

mimi