cafe_artful -4ページ目

cafe_artful

twitterアカウントは@muramasarendouです。マンガとかラノベの感想書きます。今まで投稿した作品まとめ http://bit.ly/pIwnCM

☆☆☆作品。 これは素晴らしい。
http://vw.j-comi.jp/murasame/view/42271/

<居場所がなくて、安住の地を求めてさまようものの
 自分にそんなものが与えられると信じられずにさまよう魂>
みたいなテーマ。

3作品の詰め合わせ。1作品目と2作品目は作者が病んでる感じだが、
3作品目の表題作「美しいコトバ」に至って、希望が見え始める。
なんだか戸田誠ニに通じるものがあると思う。 



「美しいコトバ」
幸せをなくした母のコトバに
幸せを奪われた娘
私を愛したあの頃のおかーさんに会いたい・・・


「美しいコトバ」は現代における「青い鳥」をリアルに描いた作品だと思う。
昔から思ってたけど、青い鳥の主人公ってうつ病を患った子供の精神世界の旅だよなぁ。

ちゃんと読んだことない人が「青い鳥は最初から家の中にいるんだよ」
みたいなイイハナシだと思ってるかもしれないけれど、
実際のところは、家庭は滅茶苦茶で、精神崩壊や生命の危険すらあったのだと思う。
旅にでることなく家のなかに青い鳥を求めても、多分見つからない。

あれは、旅に出て、成長することで、幸せを求めるだけではなく
自らが与える存在になる物語だと考えないと、駄目だと思う。






しかし、私は「美しいコトバ」も好きだけれど、それ以上に
1作品目の<ミー・アンド・ジェーン・ドゥ>が好きだ。


・ぼくらは人生の楽しみ方を思い出した
 周りの要求や義務に弄ばれずに
 自分の意志で動いてる自覚
 自分がしたいから
 自分のためにやってるってキモチ

 「やっぱ疲れたまってたんだよ」



・仮想空間 だれでもないぼくとだれでもない彼女



なんつーか、「物語」を越えた
「第三の場」「スレ違い程度の人間関係」の必要性が上手に描かれていると思う。
いつだって、人は自分で有ろうとすると、キェルケゴールじゃないけど絶望すると思う。

自分が自分で在り続けるためにも、時には自分を休んで息抜きして、
それから自分に戻ると、新鮮な感じがしていいじゃないですか。



・ここで僕は「ヒトシ」じゃないんだな



・「タカユキさん」と「ヒトシ」どっちが好き?

 ヒトシはテレビや雑誌の中にしかいないのよ。
 幻と同じ。
 ライブの会場で同じ空気吸ってても
 わたしと違う世界に住んでるの

 じゃあおれと「ヒトシ」は?
 おれと電話の中だけの「タカユキさん」はどっちが好き?


・なんでオレを2次元の中に閉じ込めようとするの?
 オレはここに存在してこうやって触れるのに



・息が苦しい 息ができない。
 好きだ 好きだ ジェーンが好き 好き
 言わないと息ができない・・・
 アイシテル・・・!
 ジェーンが欲しい・・・

 あ・・・詩が、曲が、頭から零れるっ 耳からはみ出す!




・そいつは今までそうしてくれただけだろ
 これからもずっと優しくしてくれる確証なんてどこにもない
 そんなのあんただってわかってるだろ?
 あんたバカだ。 矛盾しまくってる。
 いつ死ぬかわかんないって思いながら「今」を捨てようとしてる!

 ・・・「君を幸せにする」
 他人の人生まで背負える気でいるなんて、
 理想主義で思い上がったセリフよね。
 でもわたし嬉しかった 「今」彼にはそういう意志があるのよ
 ちゃんとコトバで表してくれる人なのよ
 あなたわたしにそんな約束くれる?
 将来どうなるかなんてしったことじゃないわ
 わたしは「今」自分を求めてくれる人を選ぶのよ!
 あんたなんかどうせ一晩で出ていくと思ったから連れてきたのよ
 ただの遊び
 最初から長々相手する気はなかったの!


・ねえ・・・今オレと「ヒトシ」どっちが好き?

 ジョンのことが・・・誰よりも大好きよっ・・・!



・もしこの先、もうジョンを好きじゃなくなってたら
 イーディのライブきちゃだめだよ。
 「ヒトシ」はオレが殺すから
 オレがヒトシになりすましてステージ立つから



・本当の答えなんてどっちでもいいんだよ
 今彼女といると楽しいから
殻ノ少女(四肢切断&同一化欲求)入りましたー。



登場人物がワンズと聞いて「最近のボーカル」を連想するとかw
時代を感じさせるのうw



木場くんと麻亜美を見てると、カーニバル小説版思い出すな。あれは死体でないと愛せな

い主人公と、その主人公を無邪気に愛しており、自分の存在価値を愛されることによって

確認するため自ら死体になろうとする少女。



そういや鵺野君も「犬憑きさん」の犯人とよく似てる。神憑きとして迫害されつつその力

だけを利用される幼少期を過ごした、死を理解できない少年。
なんとなく瀬戸口作品との親和性を感じるわ。でもだいぶ時代が先ですな




麻亜美・・・(TOT) あれ、なんか私このキャラ好きだったかも。
鵺野の姉妹に関する執着がテーマとはいえ、
クサネギ君と対比させられる、木場のペアになったばかりに・・・




これはひどいインスマス面www




この作品、4つの「お兄ちゃんー妹」ペアがいるという脅威の妹ゲー。
希 >明日香 >(実の妹の壁)> 麻亜美 >奈茅




木場くんと麻亜美の間に幸せなifの世界線は・・・ないなぁ。
こういう人には、確かに「脳内世界」「幻想空間」が必要かもなぁ。




どうしてかこう、魚人の村の住人は必ず歴史的な怨念を抱えてて、
集団で行動するな。ワンピースでもそうだけど。
高橋留美子の人魚の傷シリーズを思い出すシーン。




洋子さん、物語に深く関わる活躍してない割にすごい優遇っぷり。
主人公ですら立ち絵が1種類、草薙に至っては立ち絵なし、
メインヒロインも2つという中で
なぜか3種類もの基本立ち絵が用意されるあんた何者や。




双子姉妹とか、物語に必要だったのか疑わしいレベル。
異空間を切り裂くための外部の存在が必要なのはわかるが
洋子さんだけで良かったんでは・・・。




このゲームにおける制約を見てると、
「素晴らしき日々」の集団自殺が本来は非現実なのがわかるな。
あの物語における学生たちがそれぞれ精神的に孤立していたり
病的なものを抱えていない限り、麻薬の力を借りても無理、と。



事件の悲惨さに対して、鵺野の脅威は低く、
「一人にならない。たった一人、信用できる仲間とともにいる」だけで防げる。
もっといえば、「重度のトラウマ」や「後ろめたさ・弱み」などがなければ操られない。
(ただしハマるとヤバイ)



でも、地震や原発問題、大阪の問題に対して、
日本はデマや洗脳に対する脆弱性(信じる条件)が生成されているので、
今は集団ヒステリーは起こりうるのか。
こういう人達の「弱さ」が怖い。




「幸せになりたいのなら、簡単なコトをひとつすればいいだけだ
 簡単さ・・・人間を、辞めてしまえばいい」
「なんだって信じられるし・・・それなら信じてやったほうがいいだろ?」



「11年の年月をかけ、あるひとつの・・・それとも・・・2つの? ・・・兄妹の物語が・・・周囲の人間を巻き込みつつ、終焉を迎えたというだけの話だ」




なんという「かゆ・・・うま・・・」エンド。




と思ったら、人工失楽園の予告のあとで、バイオハザードに言及してて糞ワロタwww





警察の優秀さをちゃんと評価しつつ、
それでも主人公たちが行動する理由が書かれているのは好感。
まぁペルソナ4とかデュラララでもそれはちゃんと書かれてるか。




物語中に出てる「カプグラ症候群(ソジーの錯覚)」だけど、これはtwitterとかmixiが

盛り上がる現在ではネットで展開されるネタのような気がする。症状が悪化した人は

twitterをやめてFacebookとかリアルの関係に移行する、みたいな感じで。



研究所の人間が全員ここまで深刻なトラウマ持ちだと「このメンツは、金田一少年の事件

簿ばりに人為的に集められているはず。黒幕は誰だ」と思っていたのに、一条以外はそう

いう事情なしとか・・・なんでだよw




3部構成で、前作の2部構成より増えてるはずなんだけど
ボリューム的に物足りない。不思議。
3部構成と入っても実質は過去編だからかな。
過去を消化するのはいいとして、そこからもう一展開欲しかった。
前作での日本編だけで終わったような残念な感じ。




スケールがこじんまりとしてて、キャラもフルには活躍しきれてない印象だべ。
なるほど未だに3作目が期待されてるのもわかるわ。欲求不満。
本当に来るべき3作目に向けての足場がため的なポジションの作品だった感じ。




そして人工失楽園の予告観る。ぐぬぬ。見たの後悔するくらい面白そうな予告。
これはひどい。生殺しw



憑依や迷信の心理学的な説明について、素晴らしき日々は演出や「ふしぎなクスリ飲まさ

れて♪」、大人の説教などごまかされた感がするが、ESの方程式ではかなり納得いく形で

補完できるのでかなりいいタイミングでプレイできた。


鵺野と間宮卓司は一見似ているけれど、まず受け手が違う(バカで後ろめたいところがあ

るから積極的にダマされる学生や、希実香ではなく心理学者)ので印象もだいぶ異なる。

その上で鵺野くんは理論を超越する力を実際に持ってる
◆今日読んだマンガ
・マンケン!  1巻

・紫色のクオリア1巻

・かずみマギカ 3巻






◆今日のきになる記事
陰謀論に関するこの記事と   http://kousyoublog.jp/?eid=2609   
中道派に関するこの記事    http://econdays.net/?p=6404  

については思うところがたくさんある。



http://smoothfoxxx.livedoor.biz/archives/52007235.html 
日本は達人や職人を好むよね。マネジメントでも何でも。 
ただ、アメリカの「達人を不要とするシステム」を賞賛するのはいいけれど
「そのシステムを考案するエリート中のエリートが必要」という問題についてどう考えるか。



http://blog.tatsuru.com/2012/04/08_1404.php
教育を贈与とおっしゃるのであれば、
工業活動だって付加価値をつけて送り出すという贈与をやってんだよと言いたい。
この人は経済活動について無知なのではないか。



http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51874296.html
日本人のしらない日本語3に答えらしきエピソードが載ってます。
でもはてブをみるに、協和語起源とか金水先生という人の本に異説あるようです。




http://sunakago.hateblo.jp/entry/2012/04/09/230240
戸田誠司はすごく好きな作家さん。
この話については、NTR論やめだかボックス15巻の話しなども混ぜたくなる。



http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51785269.html
マーケティング中心の企業→さらに顧客に近づけるためには
社員自らが、顧客に対して責任をとる仕組みにするべき、という話。
記事を書くときにも参考にしたいですね。



http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120408/p1
それって普通のラノベなのでは。
ガンダムでやる必然性があるのかな。




◆Erogamescapeの記事
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=15937&uid=komaichi
次にやるゲームはこれだ!

http://erogamescape.ddo.jp/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=13272&uid=Atora
これはやらないww
http://www.ustream.tv/channel/manken#utm_campaign=ss-post-backlink&utm_source=4048212&utm_medium=social



◆<普段からモチベーションで仕事をするやつは駄目なやつだ> 
→普段は黙々とクンフーを積み重ねるのが大事。

→本当に大事な時にはモチベーションだろうが何だろうが持ち出してやるべきで
 これは30歳くらいまでに理解する。

→35歳くらいまでは、若さとか可能性を諦めない気持ちと
 クンフーに集中しようという気持ちのジレンマ。
 ちゃんと悩んだ末に何かを諦めることで、
 良い意味で力が抜けて選択と集中ができるのでいい仕事をするようになる。
 
→後藤隊長みたいなテンションがいちばん長続きする。

→この境地は若い人にはわからないし、若い人には否定的に伝わるとのこと。






◆「作者がいて、静的になった閉じられたコンテンツ」
動的な生きているコンテンツと違って、
すでにフィードバックしようがなくなっている物語において
自分が好きなキャラを殺さない試みは可能か。
読者においても新たな生命を獲得させるにはどういう力が必要か
→と考えると、今のミクとかは凄いらしい。わからない。


最初はコスプレでキャラの魂を自らに受肉させるなどの試み?
二次創作を作者に送りつけて確認を求める人もいた?




◆偏在した後の草薙素子はどこにいる?
→どこにもいない。感情とか思考もない。物語もない。
 ネットの数値の偏り程度として現れるしかない。

→初音ミク 人の形をしているから物語や志向性を持つ。
 それによって、本来あり得ない均衡、神の仕事を実現する。  
 数学的確率ではありえない仕事がなされている。

→日本の八百万とかは初音ミクと違い個々の個性よりも
 百鬼夜行=たくさんいることが大事なのかも





◆昔はヒロインは通過地点だった?
 世界を救う事とヒロインと結ばれるのは別だった。
 今はヒロインを救うことがそのまんま世界を救うことと一致。
 メインヒロインもクソもない時代。物語>>>ヒロイン。

→物語の目的とヒロインの攻略の一体化が進む。
 物語の人物の行動の動機と、読者のストレートな欲望は区別
 少なくとも「臭作」という作品の頃には区別があったらしい。

→物語主人公とプレイヤーの距離が近づき、
 ヒロインと物語も近づいたため、わけわからん状態に。
 プレイヤーは、好きなヒロインがいたときに、
 何を持って、自分がそのヒロインを好きであることを保証できるか。


→2つの方向に分岐。
1:一つの物語に集約する
 グランドエンドルートの登場を登場させメインヒロインを確定させる。
 
2:どのヒロインを選んでも
 「唯一性」を感じさせる精度の高いヒロインを創り上げる
 (錯覚にすぎないが、短期間においては納得できる。ブヒヒロインと類似?)

→みゆき、やウイングマンの話。よくわからなかったのであとで聞き直す。



9=3
f=4
d=5

「解離性同一障害。その言葉で片付けるのは簡単だ………でも人の心はもっと複雑だ。そこに宿る魂はもっと複雑だ」



自分のエロゲー体験の総復習的な面白さがある。
 ウロボロスというよりはうさぎが自分のうんこ食ってるみたいな感じだ。




以下プレイしながら思い出したエロゲ作品。多分もっとたくさんある。




・終ノ空、二重影、もえかんは言うに及ばず

☆灯穂奇譚・夏の灯火(終ノ空とのリンク。佐奈枝神社。テーマも類似。ループ→皆守の母の言うことはそういう意味でインチキだけではなかったというのがポイント)

・H2O・√AAA(いじめ問題。辛い時に共に一歩を踏み出す存在
→皆守の母と父の物語でもある。差別からの救われたヒロインが
 果たして素晴らしき日々を送ることができたかという問いにも。
 「無力だけどそばにいる神様」ってイメージが好き。
 H2Oだと音羽、すばひびだと由岐。変わらないなぁ)

っていうかSCA自さんは本当に作品の軸がブレないなぁ。
「サクラの詩」マダー?


・車輪の国向日葵の少女(そばにいるが気づかない女の存在)
 ヒマワリは太陽に向かって咲かないよ・・・)

☆DESIRE(羽咲=ティーナみたいな。一人の少女の人生を肯定するためのお話)

・顔のない月(この話の規模が大きいVer)

☆CARNIVAL小説版 
 (○を殺した少年の末路。そして自殺直前の光景=キリーロフ

・ONE (自らの存在が周囲から消え、ヒロインだけが気づく

・腐り姫(ONEの逆

・Remember11(間宮卓司の殺人の法的責任考察について)

・KISS200(作品全体が作者の妄想)

・螺旋回廊(事件の連鎖。ザッピング。Webの恐怖

・3DAYS(すば日々に近い感じのループ

・ユメミルクスリ(いじめ・ドラッグ)

・11eyes(瀬名川を殺すところで最適な選択肢

☆さよならを教えて(間宮卓司の世界

・暗い部屋の特典小説(世界の解釈

☆俺達につばさはない
 (こちらはシンプルにエンタメ化されている多重人格もの
  実物がないのに想像力で複数の人物を成立させている。
  実物を自分に取り込むのとどっちが凄いだろう?)

・黒の断章&Esの方程式(クトゥルー)

・永遠のアセリア(創造者・破壊者・調停者という運命)

・鬼畜王ランス(音無彩名=絶対創造主ルドラサウム)

・ジサツのための101の方法(壊れた後の高島ざくろみたいな投げやり感がいいね!)

・クロスチャンネル(没シナリオとか特に)

☆未来にキスを (素晴らしき日々Endの場合)

☆生贄の教室(いじめ&ザッピング&記憶の不連続)

☆最果てのイマ(暴走時は卓司に酷似。サティ繋がり

・いつか届くあの空に 

 (三位一体の崩壊。3つのうち1つしか選択できない)

・バルドフォースなどバルドシリーズ(死と生の境界線の変動

・ゴア・スクリーミング・ショウ(永遠の恐怖

・euphoria(救世主云々という思想への依存

・ひぐらし・うみねこ
 (7月20日を突破するためのメタ階層のチェスゲーム
  あと全体的にBGMがひぐらしの曲をプロっぽくした感じ

☆fate stay/night
(救世主になるか、それとも一人にとってのヒーローになるか)
 (世界を呪う赤子への処遇)

・赤炎のインガノック
 (呪われた世界で赤子を祝福する。手を伸ばす。伸ばさせる

・ニトロプラス作品群(世界の拡張




☆ペルソナ2 罪(ナイアルラトホテップの出現条件
・めだかボックス(間宮卓司=球磨川禊
・文学少女
☆神話ポンチ(実はめっちゃ好きな作品。人は本質的に幸福になれない。ギリシァの神々と同じにはなれない)
・みーまー(あい=××)
・17人のわたし
・ワールドイズマイン
・「電波の城」
・「神のみぞ知る世界」
・SAW2(鏡の国のアリス)
・低俗霊狩り DAYDREAM
・寄生獣(遺伝子の命令
・PS羅生門
・メメント(終盤の由岐
・ジョジョ(ゴールドエクスペリエンス→ブチャラティ
・メタルギアソリッド3
・マトリクス、インセプション
・カント三部作(挫折したのでわからん)
☆悪霊 (悪霊とは何か。幸福とは何か





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



・西尾維新作品っぽい。
ちっぽけで些細な、物語と呼ぶにも値しないお話(終ノ空)が、
いろんな過去作品のアーカイブを飲み込んで膨張する。
体積は宇宙規模に膨れ上がったが
ツギハギのようにまとまりのない世界を、
これまた不連続な存在が自由に飛び回りながら旅をする。
そんな銀河鉄道チックな雰囲気が楽しい。



・完成度は低いが「FOREST」に近い印象を持った。
「FOREST」は元ネタを知らなくとも楽しめるが、
この作品はユーザーのエロゲ遍歴に依存する部分が大きい。
ある程度エロゲ慣れしてないと
ただの気取った会話劇のように受け取られるかも。

そういうところが、西尾維新的だなぁ、と。
作品だけで完成しておらず、ユーザーとの相互関係で完成度を高めるみたいな感じが面白い。



・ただしメインテーマは
 FORESTのような「人生の意味」ではなくもっと直接的。
 「死の恐怖」に対してどのように考えるかという話。
 そこから裏返しの「生」とは、「人生」とは何か的な話。
 <定め>や<役割>でごまかすことはできても
 決して逃げることはできないそれを思うこと。

→逃げようとすると這い寄る混沌の出番になる。
 (ペルソナ2 罰)
 死は経験可能な人間世界の整然とした成り立ちを混乱させる。
 だが、それは死に限った話ではない。恋愛もそう。
 これらの不条理はそのままでは生となじまない。
 ならば、生と死の間には、
 恋愛や宗教には、倒錯や飛躍がある。説明できない何かがある。
 そして、それで構わない。それ以上は語りえない。







・にしてもともざねくんの「皆を守」ってわかり易い名前。
 他の作品ならハーレムの主人公だろうに。
 実際はたった一人だけを守るヒーロー。
 この皮肉めいた命名がとても好きだ。




・3章までは同じ事件を違った視点から見直すという形で
 ぶっちゃけ2章の時点でネタ割れてるし
 そもそも終ノ空プレイしてるなら退屈としか言いようがない。
 しかし4章に入ってから面白くなってきた。
 徐々に世界を拡大していく。スマガ的。
 スマガは世界の方を広げていったが、
 こちらは主人公の認識可能な範囲を広げていくという形。
 直観で理解していくというのではなく、
 言葉遊びしているうちに概念的な視野が広がるというのは面白い



・ニトロ作品で言えば
 カオスヘッド以降、シュタインズゲート「以前」
 というポジションだろうか。
 まどかマギカと比べると1つピースが足りない

 焦点が違うとも言えるが、
 単純に物語の射程を考えると非常に狭い。半径85cm。
 その狭い範囲を執拗に書いた作者のメンタル力には脱帽。
 あと厨二心をくすぐる詩的で格好良い言葉の数々はすばらしい。

→と思ってたけど、音無彩名だけでなく
 羽 が登場することによって
 きっちりまどマギと同じところまで到達できた感じ。




語りうる世界は明晰に。 
 すべては解けてしまえばつまらない答え。
 つまらない日常。
 でもそれが全てじゃない。
 沈黙せざるを得ない場所。そういう場所がある。
 この境界線は、そういう場所
 ここでは言葉が世界になり世界が言葉になる


・「エル・プサイ・コングルゥ」とか
 涼宮ハルヒの落書きをデコードすると
 こんな感じになるのだろうか。
 事実だけを淡々と整理すれば
 中身としては2時間くらいで読める程度のボリュームしかない。
 その内容も、わかってしまえば実につまらない些細なこと。
 それをだらだらと各キャラの視点でベタベタに味付けしていく感じ。
 エンタメとしてはどうなのよこれ。
 みーまーなど入間人間作品読んでるときのようなイライラ感。

=でもプレイ中が面白くなかったかというとそうでもない。
 というか、上でも書いたけど、言葉遊び楽しいです。 




知るがいい……お前が住む世界。お前が知る世界。
お前が創りだした世界には気狂いしかいない事をここが妄想の限界だ。
お前の妄想は……ここにある現実によって終わらせられる



・まさにノベルゲーでないとできないことをやっている。
 絵がなかったら全く楽しめない。
 絵によって、それぞれの話し手に見えているものが
 示されるからかろうじてついていける。



<欲しい答えが現実にぴったりにはまることなんて
 どれだけあるんだろうなぁ>



<泣いている赤ん坊のその声を止めることが出来なかった。
そして、出来なかったことが……あるいは人が持つ原罪であり
……だからこそそれが善意なんだって。
地獄までの道は善意によって敷き詰められている
だったら地獄までの道は希望でできてる。
そう、生きるとは希望……>




・自分を維持しようとして自殺した少女。
 多重人格によって自分を守った人間と
 その差は何か。


・間宮卓司=球磨川禊みたいなもんか
 「オールフィクション」と「ブックメーカー」
 非力な女の子にすら、絶対に勝てないキャラでありながら。
 死すらも否定し、人を自分の物語に同化させる。
 


・死んだり消えるのがヒロインという他人であれば涙を流せるのに
 死んだり消えるのが主人公側である時、
 どうして私はなんにも感じないのだろうなぁ。



・人の二面性や多重人格性を
 こうやって明確に別の人格としてわければ納得しやすい。
 一方でWA2のような主人公のブレを許容しがたい私。うーむ
昨日まどマギトークしてて、
私はまどマギ好きじゃないんじゃないか?と思ったのでSNSの過去ログをサルベージしてみたけれど



私はまどか☆マギカの終わり方があまり好きじゃないけど、満足してた、という感じみたいだ。



放映中は「期待しすぎ」ていた。




で、放映終了時の感想は「まぁ妥当なライン」という感じで受け止めていたみたいだ。



すっきりした。
▽まどか☆マギカ 了  まどかの唄


ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1338074978
この歌詞に出てくるファイトは「がんばれー」なんていう応援とはほど遠いところにある「闘って、傷ついて、血が流れるのも厭わずにさらに闘え」という強烈な闘争本能を焚きつける「ファイト」です。
あらゆる人生がありますが、このファイトをこの意味で受け取れる人は少ないと思います。
普通の人生の中にある理不尽なんてものよりも、一層深い
ある意味「血」に起因するほどの理不尽を持つ人への闘いの歌であるわけですから。
身の毛がよだつのは、これが応援歌でないことを心が理解しているからでしょう。
極端な話をしてしまえば、これは殺意すら喚起させるレベルの強烈な反骨の歌です。





虚淵さんが見つけた「真空」。世界に欠けたピースはここだったかー。

つまり、「人間の不幸の原因は決して取り除けない。根源は決して取り除けない。わかっていることは、希望そのものを取り上げると、人は人でなくなってしまう」というただそれだけのメッセージだったわけだ。この作品は




世の中は辛いこと、理不尽なことばかりだけれども。
不都合な「原因」を嘆き、すべて取り除こうとするのではなく*2
ただ魔女という悲惨な「結果」だけを取り除く。取り除き続き続ける。
そんな途方も無い作業を誰かが引き受けることができるならば。
私たち皆がそうしようとするならば、いつかきっと・・・。


では、人をそのセンチネルの寓話に駆り立てるものはなにか。
神話じゃないか?かつて、生まれる前から、存在そのものとして
何者かと契約した記憶じゃないか?
・・・願わくば、自分を揺り動かすその契約の相手が
コードギアスやキリストではない、もっと優しい誰かでありますように。




見えないお友達。すっごく懐かしい響き。
私の頭の中にしかない夢物語。
そういったものとして、あなたは残り続ける。


「浄化しきれなくなったソウルジェムがなぜ消滅してしまうのか
 その原理は僕達にも解明できていない
 その点君の話にあった魔女の概念はなかなか興味深くもある」



物語としての未完成度がメッセージとしての完成度を高めた形になるのかな。
ttp://kozogracy.cocolog-nifty.com/blog/cat13557421/index.html
「ファイト!」というフレーズはあまりにストレート過ぎて盗賊さんでなくても技巧的に歌えるものではなく、中島みゆきのですら一種の照れのようなものが入っているように感じます。実は「ファイト!」はこの歌における最も必死で生々しくて人間臭い部分であり、このフレーズ抜きには詩の完成度があがったとしても単に陰気な曲として印象が残るだけのような気がします。
筆者が思うに、中島みゆきは「ファイト!」と叫ぶことで詩としての完成をむしろぶち破ってでも、この歌をより人間らしく、私たちの身近に置こうとしているように思います。
いまから振り返ると、私は「まどマギ」の終わり方が滅茶苦茶嫌いなのかも知れない。





▽魔法少女の「べき」論。

ttp://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20110223/p1


<沙耶の唄のようなハッピーエンドを期待している>私としては
思考としては私が最も嫌いな部類に属するものであるため考えもしなかったが、アニメの脚本案とか作品論しては非常に面白い。なのでぜひDogDaysあたりでやって欲しい。
まどかではやるな。俺はそんなまどかは嫌だ


繰り返して言うが、私はこの展開は大嫌いであるが、嫌いだから認めないだけ。
ひとつの論としてはとても面白いし、筋も通ってる。アリだと思います。





まずこの部分は同意。 

魔法少女の罪は「願うこと」である。彼女達は「願い」という罪を犯したために、魔法少女になることでその罪を贖う。しかしその願いは願わずにはいられなかったものであって、それを単純に不運と呼ぶことはできない。むしろ罪と贖罪の交換を規定している法がそこにあったことが彼女達において決定的だったのであり、ゆえに、法的な意味においては、それは運命と呼ばれるのである。
(中略)
魔法少女たちが法を侵犯するその都度、「契約」として、新たな法を打ち立てる。つまり、その時点における単なる瞬間的な罰ではなく、罪を与え贖罪を担わせることによって、その交換関係において成立する権力構造の中に魔法少女を引きずり込むのである。賢明な読者は既に気づいているだろうが、この暴力的な運命こそ、ベンヤミンが「神話的暴力」と呼んだもの



そしてこの先の神話的暴力への対抗はどうすんだってところで意見がわかれるわけね。
私はこんな上手に説明できないが
「コゼットの肖像」のイメージに近いので言いたいことはわかる。





むしろ、契約概念一般が、暴力的なものを抜きにしては成立しえない
契約概念は、最初から克服されるべきものとして存在しているにすぎない。
(中略)
運命の暴力に勝ちうるのは努力ではなく才能であり、無資格なものはそれを行いえない。
純愛を捨てて世界愛か。まさしくキリスト的だし神話の世界やね。






それはヴァルキリープロファイルにおけるレナスと同じようなものか。
こういうのは私が最も嫌う展開だ。超人思想よりさらに悪い。

なぜなら、物語的には救済に見えるかもしれないが、その論理は現実においては「既存ルールの破壊」止まりでしかないからだ。「打倒すれば解決する悪」も「世界の再構成」もそれは神の世界にしか存在しない。だからこそ神話的暴力というのだ。

それがリベラルな方には確かに都合が良いということはよくわかる。というか、リベラル様方の、私から見たら死ぬほど歪んだ思想がどこから生まれるのか今日はじめて理解した気がするわ。その物語的な想像力のたくましさ故になんだろうな。


他人にここまでの責任を望むものは、自らも現実に救世主たらんことを願うべきだ。そうでない者がこのイメージを礼賛することは個人的に許しがたい
。最低でも「東のエデン」クラスの説明がなく一足飛びの救済を描くなどマヌケにしか感じない



以前「魔法少女の系譜」で軽く学んだ魔法少女はそういうもんじゃなかったと思うがな。しかしある人にとって魔法少女がそういうものだというなら、その人にとっては「まどか★マギカ」はこういう作品じゃないとおかしいでしょうね。別にそう考えることはアリです。

まぁ私はこれが魔法少女の理念だとしたら、むしろ有害なので滅びればいい。

 



もちろん、まどかこそが有資格者なのである。その兆候は確かにある。彼女は起きている出来事にとまどい、また無力であるが、根源のところにおいて、けして世界に穿たれた境界線をみとめようとしない。そのようなまどかが魔法少女となったとき、真の奇跡が生じるのであり、真の救済が行われるのである。運命に与えられた罪を贖罪するために振るわれる暴力ではなく、その罪と贖罪の交換関係そのものを破壊する暴力が―つまり神的な暴力が―振るわれる。理念的な魔法少女とは例外なくそのような純粋暴力の所有者であり、少なくとも最終回までにはその力を行使してきた。



この解決策は私にとってホント虫酸が走るほど気持ち悪いです。

(*2  「こうあるべき」だというイメージがありながら「かといって、私たちには無理だからあるべき論だけとなえながら救世主を待ち望みます」のどこが理性主義だよ。そういう幸せな解決策がお望みなら17世紀に帰れと思う。そう願うことは止めない。そんな奴が現代の政治について語るなと本気で思う。マジで左翼には政治を与えてはいけない。アニメをあたえてやるから現実では黙れ)



私の中に倫理観のようなものがあるとしたら、問答無用でアウトです。
でも、こういう展開、現実ならともかく、後さき考えずにEDの美しい一枚絵を見たいだけだったら、アリだと思う。むしろこうあってほしい、かも?

というわけで、基本的には大嫌いだけれど、エロゲやアニメ作品にこういうリベラル独特な空想論ってのはありかもしれない。少なくともカタルシスはある。リベラル的な思考も場所さえあえば役に立つのかもしんない。



なによりこの意見を否定しづらいのは、

<GPMにおいて新井木勇美こそ真の決戦存在であると規定した芝村裕吏の先見性>というブコメ、これにはすごく共感してしまうから。何が違うんだろうな・・・そこがまだ自分ではよくわかんない。
▽まどか★マギカ と 母なる夜


ttp://togetter.com/li/120260
「人を殺したキャラは幸せになっちゃいけない」とは言っていました」そりゃさやかも杏子もハッピーエンドを迎えるはずもないわ。




コレに関して道徳的な話が読みたければ、「母なる夜」を激おすすめする。
この作品は「罪」に応じた「罰」が与えられる。*3

しかもその罰の「えげつなさ」はまどマギを凌駕している。
「まど★マギ」のように心も体も奪われる上に、理解者もない。死による救いもない。
それどころか、何もない彼によってたかってさらにむしりとろうとする者だけが山のようにいる。
完全な絶望であればまだ救いがあったかもしれないが、
残酷なことに希望は現れる。そして、最も無残な形で目の前から取り上げられる。
まさに主人公にとっての現実は「地獄よりも恐ろしい煉獄」として描かれる。


救いの有る無しは主人公の性格も大いに関わることがわかる。
この作品の主人公は自分は一切の自己欺瞞をよしとしなかった*4ために
誰かに依存することも、自分の心を壊すことも出来なかった。
それこそまどマギでは少女5人が分散して受け持った苦しみをすべて一人で背負うこととなる。
君は戦争のはじまりと同時に自分を死んだ物とみなして志願してくれたまえ。
たとえ捕まらずに終戦まで生き延びたとしてもきみの名声などはすっかり消えているだろうし
生きる目的もあまり残っていないはずだ


一方、多分、まどかもほむらも「弱くて」「夢見がち」であるがゆえに心だけは救われる。
諦めたら、そこで地獄終了だよ。






※3 「まど★マギ」は少女たちがおかした「罪」が理解しにくいかもしれない。あくまでQBに騙されて一方的に被害にあったように理解してる人もいるかもしれない。でも、作者はすべてのキャラに罪を設定して、それに応じた罰を与えようとしてるよね。少なくともまどかについてはその願いを「罪」として描こうとしてる








余談。母なる夜で唯一主人公が怒ったシーンがすごい好きだ。
大酒と善が悪に勝つという幻想のためにすっかりいい気になって、私が自分を守るかも知れないと考えもしなかったのか。この情けない、知恵足らずの、酔っぱらいの、片腕の、バカったれ野郎!
私は貴様の運命でもなければ、悪魔でもないんだ!
自分の様を見ろ!素手で悪魔を殺しに来て、グレイハウンドのバスに引っ掛けられた馬鹿ほどの栄光もなくお帰りになるんだ!貴様の栄光はそれくらいのもんだ!
純粋の悪と戦う男にはそれがふさわしい。
喧嘩の理由は世の中には沢山あるが、勝手に神を味方につけて、資格もないのに憎むのは、喧嘩の理由にはならない。悪とは何だ?悪とは大抵の人間の中にある限りなく何かを憎もうとする気持ち、神を味方につけて人を憎みたがるそのことだ。およそ醜いはずのことに魅力を感じる人間の心にあるんだ。そういう人間の白痴的な部分が人を罰しようとしたり、中傷したり、喜んで戦争をやったりする。
どうせお前は又来るんだろうな。しかし何度やったところで貴様の破産も、冷凍カスタードも、多すぎる子供も、白蟻も、貧乏も変わりはしない。そんなにまで神の軍団に入りたいんなら。救世軍を試してみるといい。
私がリベラルとかフェミの馬鹿さ加減が嫌いなのは
ヴォネガットの作品一連から来てるかもしれない。

ttp://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100412/213957/?P=3


自分が救われたい=信仰
政治的に正しくありたい=正義
反抗したい=ロックンロール


の3つの心情を束ねるのが「下からの反抗」という図式で、あとは「反抗する対象」としてロマン派だと「既成価値」とか「良識」、フロイトなら「性を抑圧する意識」、マルクスなら「資本家」、三原順や尾崎豊なら「大人」、ジェンダー論なら「男」「異性愛」「家父長制」、ポストコロニアル批評なら「宗主国」「植民地帝国主義」を選ぶことになる。でも、「下からの反抗」だったはずのマルクス主義は、自分が天下を取った国ではこんどは、言論弾圧や収容所を産んでいくのであった
生き生きしてますよ、この「政治的に正しい仕分け作業」をしている最中の学者は。なにしろ「自分が救われたい」(信仰)、「政治的に正しくありたい」(正義)、「反抗したい」(ロックンロール)という気持ちを炸裂させるロジックを持ってますからね、生き生きしてないはずがない。
他にもリベラルに対する悪口なら山ほど引用できるけど、
▽「まどか★マギカ」 Happy Never Endin


ttp://togetter.com/li/120260
どうやっても救いようのない愚かなキャラとして描かれているさやかと、多くの人を見殺しにしてきた以上幸せになってはいけないという監督の思想のもとで死すべき定めにあった杏子の幸せを妄想するのは作品に対して真摯に向き合った態度と呼べるのだろうか?
うーん。挑発的なメッセージ、かつ一定度合い耳をかたむける価値がありそうな話。



ただ、粛々とその必然を受け入れることは神たる作者の望みだろうかしら。
ttp://d.hatena.ne.jp/kaien/20110331/p1
逆にすべてが必然として成立しているが故に、「だから何?」と思ってしまうことも事実。たしかに「必然」は「納得」をもたらし、「納得」は「快感」ではあるんだけれど、同時にまさにそれが「必然」であるが故に「むなしさ」を感じずにはいられない。
そう、これだけで終わったらただのピクミンですわね。
力合わせて、戦って、食べられて
でも私たちあなたに従い尽くします
立ち向かって、黙って、ついてって
でも私たち愛してくれとは言わないよ


でもまどかたちは愛を求めるよ。にんげんだもの。じょしちゅうがくせいだもの。


現実で無理ならせめて心のなかでその成就を願うよ。
現実は、受け入れよう。でも愛は誰にも否定させやしない。
神が私たちに愛を与えてくれないならそれでもいい。
それなら神ならぬ私たち二人で永久に愛しあいましょう。
他の誰にも共有出来なくても、神が許さなかったとしても、
私たちの間にある愛は誰にも否定出来ない。させやしない。
それがピクミンと人間の違いだもの。



この作品ってそういう話なんじゃないの?
排他的な、ごく狭い閉じた関係の中に愛を見出す。
現実からは否定されようと、誰にも壊せない救いのある世界を見出す。
それってまさに自分の存在を賭けた二次創作じゃね?
だから、この作品において二次創作で「願望を綴る」という行為は、
ある意味ものすごくこの作品を真摯に受け止めた結果じゃないかなぁ。
10話におけるループ構造はこれまだhollw/ataraxiaのように「この期間内に起こったことであれば、ワルプルギスの夜を否定しない限りにおいて何が起こってもそれは正しい」という二次創作推奨とすら読める。
10話が本当に素晴らしいのは、提供しているのが「ストーリの内容」ではなくて「枠組み」だからだ。たった30分でひぐらしやhollow/ataraxiaの枠組みを完全に提供してるところだ。ほむらがそれを活かしきれてないだけで。


現実がもう駄目なら、二人だけのHappy Never Endingでいいじゃない。
そこでひっそりふたりきりで過ごしたい者をむりやり引きずり出したければ
「スマガ」のうんこまんのように救世主をもってこい。
救世主は、まどかの役割じゃない。まどかが望んでいることでもない。
まどかが救世主であることを断念することによって、
ほむらが現実を救うことを断念することによって
二人の心ははじめて通じ合って、世界は完璧なものとして閉じる。
そういう終わり方もありじゃね?
ただし女の子同士に限る)
(これが男女の関係になると「未来にキスを」という電波作品になってしまう。不思議!)



もっとも、私は今でも、今までの展開は全部まどかの夢だと考えてる。
それは、私が彼女たち全員が現実においても救われたいと思ったゆえの苦肉の策。
でも、実はそこを考えることはもはやそれほど重要な意味はないのかもしれない。

現実はほむら1周目だとしても全然おかしくないと思ってる。
実はほむらは死の間際で、タイムリープなどしていない。ただ心のなかで空想を繰り返してるだけっていってもそれはそれで受け入れられる。(fateのセイバーそのまんまだけど。)
もう体はソウルジェムによって、魂の位置もタイムリープによって絶対性剥奪された後だ。
いまさらこの物語における「現実」は重要じゃない。受け止める必要などない。大事なのは二人の心のが通じ合うことだけ。むしろ現実が悲惨であればあるほど、それを心のなかでどこに決着付けられるかだけが大事なんだと思う。



あとコレは本筋と関係ない余談。
二次創作者は絶対的な神としての一次創作者へのリベリオンとして定義される。ただし、常に二次創作者は敗北する運命にある。神には逆らえない。というところか。読者には誤読の自由があるが、それはあくまで「誤読」やねん。唯一無二のオーソドックスが存在して、それ以外はすべて偽典、という聖書的な考え方といえばいいか。
考え方の違いだけれど、別に作者は、一時創作は神というほどでもないと思うけどな。
聖書は唯一無二のオーソドックスとして君臨してもいいけど、聖書が聖書であるのはまさにそれが神がもたらした物(という建前)だからでしょ?聖書を引き合いに出しても、それを一般化することは出来ないと思うよ。
作者は神ならざるゆえに絶対的な存在ではない。ただ作者が神を主張したり、作者以外の誰かが作者を神と崇めること、反逆は可能だが常に敗北する、それが繰り返すというのは美味しい「設定」ではある。
スターオーシャン3的な。あるいはデビルマンやらバスタードやらベルセルクでもいいですが。ちょっといじれば鋼の錬金術師のように腐女子を強烈に炊きつける作品が作れそう。