放っておくと出不精になり | がいちのぶろぐ

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環境問題と経営の接点、中小企業の戦略やマーケティング活動,
観光・伝統産業関連などについて、「がいち」が考えたこと、思ったことを書きとめてゆきます。

月も下旬になっている。しかしこの前の日曜日から、私はピッタリと家から出なくなってしまった。〝何か〟という、明確な理由があるわけでもないのだが。

 

つまり、気分的に〝怠惰〟になっている、としか言いようがない。言い換えるなら、とてもダラケているのだ。それでも、けっして疲れているわけではない。

 

もちろん、〝体調が万全だ〟とは言えないけれど、だからと言って、疲労が溜まっているというほどでもない。ただただ、何かしら気分が乗って来ない。

 

昨日にいたっては、ブログを書く気分にもなれなかった。ブログを書くことを、〝日課〟の一つにしてはいるのだが、昨日などは、まさしく〝サボって〟しまった。

 

このところ、京都府立図書館から借り出してきた、いわゆる〝京都本〟である「京都がわかる250問」シリーズ(2007,2008、淡交社)の2冊を読み込んでいた。

 

 

 

それは事実だが、だからと言って、〝出掛ける時間も作れない〟というほど、長時間にわたって読んでいたわけでもない。たしかに、ノートをとりながら読んではいたけれど。

 

冊合わせれば、500問もの〝京都ネタ〟が出題されており、設問の後に、それぞれの問題の解説が書かれている本だけど、過半数の設問はあっさり答えを出せるレベルの問題だ。

 

 

 

だけど、解答がわからなかった設問はもちろんだが、仮に解答がすぐに分かったとしても、これはちょっとメモしておきたい、というものも含めて内容をノートに書いていた。

 

結局、それなりに時間を要して、2冊の「京都がわかる250問」シリーズで、半月あまりが掛かったから、私としてはこの問題集にあまりにも意識を囚われ過ぎていたと思う。

 

それでも、今日で何とか読み終えたから、これはこれで少しほっとした気分になっている。とにかく3年連続して、京都・観光文化検定(京都検定)の1級に落ち続けている。

 

 

 

だから、多少でも役立つと思えば、ただ読むだけではなく、ノートにメモを取りながら読み進めて、あとで何度も見返せるようにしている。

 

さらに今年度の1級の「公開テーマ」による出題は、来年がちょうど「法然が浄土宗を開宗して850年」に当たるので、「法然と関連するお寺など」がテーマになっている。

 

 

(浄土宗総本山・知恩院/御影堂)

 

浄土宗という宗派もだが、まずは「法然」とはどんな人物だったのか、そして、その後継者たちはどんな顔触れで、どのお寺に拠点を置き、どんな風に宗派を受け継いできたか。

 

また、浄土宗は結果的にいくつかの派閥に分かれたけれど、それぞれ、どんなお寺が関わっているのか。さらに、それらのお寺の特色はどんなものか。

 

 

(浄土宗4ケ本山の一つ/百万遍知恩寺)

 

こうしたことも、すでに数冊の本を買い込んで読んでいる。もっと言えば、今秋の京都国立博物館の特別展は「法然と極楽浄土」というテーマになっている。

 

これは、何が何でもいかねばなるまい。それも1回行っただけでは、まったく済まないと思う。途中で展示替えもあるだろうから、せめて2回は行かないといけないだろう。

 

 

 

となれば、自分にプレッシャーを与えるためにも、最低でも2枚は前売券を買い求めておく必要があるだろう。今夜もブログの後で、法然関係の文庫か新書を読むことにしよう。

 

このように、一応、京都検定の勉強だけはしているのだが、特にこの数日間は、それ以外のことがまったく疎かになっている。

 

それとともに、ありがたいことに、明日は「やさしい日本語」を広めるNPO団体の活動で、外部の方とお会いするため、とにかく出掛ける予定になっている。

 

こうして、無理矢理にでも引っ張り出してもらわないと、放っておくと私はついつい引き籠もりがちになってしまう。