竹内栖鳳という凄い画家の展覧会 | がいちのぶろぐ

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日本の美術界に詳しい人なら言うまでもないことだけど、竹内栖鳳という明治~昭和戦前期に〝ずば抜けた才能〟を発揮した日本画家がいた。

 

美術には全く疎い私でも、その名前くらいは知っているのだから、〝ずば抜け〟方が凄い人だというのはわかってもらえると思う。

 

 

 

何しろ、この方は第1回の文化勲章を受章した人だ、というだけでも凄いことがわかる。そんな竹内栖鳳の展覧会が、京都市京セラ美術館で12月3日まで開催されている。

 

とりあえず、〝これは行っておかなければ〟と思い(なぜそう思ったかは、自分でもよく解らないが)、今日は何の予定もなかったので出掛けてきた。

 

展覧会のサブタイトルは「破壊と創造のエネルギー」と題されて、20歳前の作品から晩年のものまで130数点が出展されていた。

 

竹内栖鳳は、弟子入りした師の幸野楳嶺に才能を認められ、若くしていわば塾頭のような立場になっていたという。

 

その頃からすでに従来の日本画に飽き足らず、自分の表現を求めていた人物だったという。常に写実を求めて、スケッチの対象に多くの動物を手元で飼うくらいだった。

 

これまでの日本画が、師の作風を真似ることを主としていたのとは異なり、写実によって捉えた対象のほんの小さなしぐさでも、それを描き出すことを求めていた。

 

 

 

1900(明治33)年には、パリ万博視察を兼ねてヨーロッパを周遊し、その時にスケッチしたライオンの図を、帰国後には大作として屏風にしている。

 

今回は、そのスケッチを基にしたライオンを左双に、虎を右双に一頭ずつ描いた、六曲二双の大作の屏風が展示されていた。

 

その屏風に描かれたライオンの表情は、かっと見開いた目と、吠え立てる顎の線などが、迫力満点に描かれていた。

 

対照的に虎の図は、ゆったりと寝そべる虎が、自分の後ろ足を舐める穏やかな図柄で、左右の屏風が対照的な姿を示していた。

 

なるほどこれは、旧来の日本画壇に対して「破壊と創造」を突き付けるエネルギーに満ち溢れていると、絵にはまったく疎い私でも納得できるものだった。

 

竹内栖鳳と言えば、代表作に扇子で顔を隠した着物姿の女性を描いた、「アレ夕立に」と題された作品もあるが、これは、今回は前半に展示されて今日は別の作品に変わっていた。

 

 

 

その別の作品というのが、初めて絵画モデルになるので、恥じらいを見せる若い女性の一瞬を切り取った「絵になる最初」という作品だった。

 

恥じらいを示すモデルの女性の表情もさることながら、その着物の柄の斬新さと言い、着物の後ろに脱ぎ捨てられた帯の柄と言い、実に新鮮なデザインだった。

 

全てを見終わってから土産品ショップで、私は思わずこの「絵になる最初」のプリントされたクリアファイルを買い求めてしまった。

 

 

 

日頃の私は、こういう展覧会の後の土産品ショップでは、滅多に買い物をしない人間なのだが、この作品をプリントしたものだけは、つい欲しくなってしまった。

 

この展覧会は京都市京セラ美術館が、昭和天皇の即位の大礼を記念して、1933(昭和8)年に「大礼記念京都美術館」として開館して以来、90年目を記念して開催されている。

 

 

 

その大礼時の美術館建設には、コンペによって一等賞となった前田健二郎の設計した建物が採用された。それが耐震面なども考慮して、改築をされることになった。

 

 

 

そして、現在館長を務める青木淳氏が、従来の建物の外観を残したまま、内装や周辺の改築、増築の設計を担当し、2020年から京都市京セラ美術館として運営されている。

 

 

 

それにしても、昨日の河井寛次郎記念館と言い、今日の竹内栖鳳展と言い、このところ立て続けに、良いものを見せてもらっている、という気がする。

 

 

 

この間続いた好天も、明日は前線通過で崩れるという予報になっている。その後は、さすがに気温がぐっと下がるとも。11月も半ばになれば、やはりそうであってほしい。

 

今週末からは、一気に紅葉のシーズンに向かって行くのだろう。