何よりも暑いお葬式が | がいちのぶろぐ

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この間38℃台が続いていた気温が、2,3日は36℃台に下がったと言われても、それも猛暑日であることに変わりは無いわけで、さらに昨日はまた38℃台に戻っていた。

 

このように、今年の京都は異常なほどに高い気温が続いている。今日もまた、そのくらいの気温だっただろう。

 

そんな中、今朝は友人の葬式出席のため西宮市まで出掛けた。葬儀に出席ということで、私も黒のダブルの礼服に、黒のネクタイ、白の長袖シャツという姿で行くことになった。

 

 

 

と言っても家からずっとこの恰好では、とてもこちらの身体が持たない。我が家から、葬祭会場のある阪急電車「西宮北口」駅までは、シャツを腕まくりし、ノーネクタイ姿だった。

 

上着も着ることなく、手に持ったままだ。「西宮北口」駅に8時45分ごろに到着する予定で行動したのだが、阪急電車は通勤時間帯だったのにすんなりと座れた。

 

これがまず意外だった。昔、私が大坂へ通っていた頃は、通勤時間帯の電車の混み方は半端ではなかった。押し合いへし合い、という言葉がピッタリだった。

 

それが今日は、まず阪急「河原町」駅であっさりと座れるし、「十三」駅で神戸線に乗り換えても、これまた座って行けた。明らかに通勤客が減っている。

 

コロナ禍を通り抜けて、全体的に仕事のやり方が変わったということかもしれない。また、8月2日だから大学・高校が夏休みということもあるかもしれない。

 

それにしても、余りにもあっさりと座って行くことができた。「西宮北口」駅に着いて、トイレの鏡の前でネクタイを締め、上着を羽織って〝正装〟になった。

 

途端に、〝アッツー〟という感想。黒のダブルの上着を着た途端に、いやもうとにかく急に暑くなってしまった。背中から始まった蒸し暑さが、全身に回って行く感じだった。

 

それでも、そこからペデストリアンデッキを歩いて、葬祭会場まで10分足らずだった。この一帯は、かつて阪急ブレーブスのホームグラウンドだった西宮球場。

 

その球場がなくなり、跡地が再開発されて、今は阪急百貨店をメインに、ショッピングゾーンや各種の施設などができている。その一角に、葬祭会場もある。

 

お葬式は9時15分過ぎから始まり、10時半ごろには列席者の焼香も終わって、最後に出棺を見送ったのが10時45分ごろだった。

 

 

 

そこからは、私と同様に列席していた知人と二人で、阪急百貨店のある建物へ移動して、そこにあったスターバックスで一息ついた。

 

二人とも、式場を後にした段階でネクタイは取っていたが、ここで上着も脱いで椅子に座り、冷たい飲み物でホッとした、ということだった。

 

亡くなった友人は、大学時代が同じゼミの1期下の後輩。その後は、同好の士として数十年の付き合いということだ。

 

スターバックスで一緒にお茶を飲んだ知人も、同じ年代の後期高齢者で、やはり同好の士としてウン十年の付き合いになる。

 

その知人の情報では、亡くなった友人は最終的に大腸がんの再発ということだった。それにしても、みんなが〝がん年齢〟になってしまって、誰が何時どうなっても不思議ではない。

 

その知人とは、阪急電車で途中までご一緒して、彼は大阪駅からJRに乗り換えて帰る、ということだった。私は「十三」駅で乗り換えてから、阪急で「河原町」駅まで帰って来た。

 

「河原町」駅に帰り着いたのは、ちょうど午後1時ごろで、とにかく暑い盛りの時間帯だった。きっと、今日も38℃くらいになっただろう。

 

沖縄では台風が停滞して、大変なことになっているけれど、こちらはあまりの暑さで〝げんなり〟している。

 

亡くなった友人との思い出は、それこそ数えきれないほどあるが、それは自分の中でゆっくり反芻しようと思う。何よりも〝暑いお葬式〟が印象に残った。