コロナウィルスの感染者数が激減したが | がいちのぶろぐ

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京都市役所から、毎日LINEで送られてくるコロナウィルス感染情報では、昨日(10月12日)の新規感染者数が4名だったという。

 

 

この第5波の感染者数がピークだったころは、京都市だけでも毎日300人、400人といった数字が並んでいた。東京都や大阪府では、連日4ケタの数字が並ぶ状態だった。

 

東京都でもこの数日は2ケタの数字になっている。京都市でも東京都でも、早い話が一気に90数%の減少になったような感じだ。

 

ピークを迎えていたころは、それ以後の感染者数の予測値が、東京都だけでも万人単位になるだろうと言われていた。

 

その頃に言われていたのは、この国はすでに〝医療崩壊〟が起こっており、普通の病気の治療が後回しにされるとか、コロナでも重症でなければ入院できないという話だった。

 

それが、何かを境に急激に感染者数が減少した、という今回の現象はどういう理由に依っているのだろう。それまでとは、人間の行動が劇的に変わったわけでもないだろうに。

 

急速に感染者数が拡大する状態は、当たり前のことながらご免蒙りたいし、といってこれという理由もわからないままに、劇的に感染者数が減少するのも何だか薄気味悪い。

 

まさかウィルスが岸田・新総理に向かって、ご祝儀相場となるように減少させて、忖度というのか〝ゴマ摺り〟をしているわけではないだろう。

 

いや菅・前総理を引き摺り下ろすべく、意地悪な活動をしていたのだろうか。そもそもウィルスの毒性があまりに強烈だと、「宿主」が死んでしまって増殖できなくなる。

 

だから適当なところで折り合いをつけて、宿主のダメージも酷くないがウィルスも減らないという線を目指すのが、共存という作業だと思う。

 

しかし今回のコロナウィルスは、どのあたりが落ち着きどころかということも、まだ何もわかっていない。共存ポイントが見えていないのだ。

 

宿主である人間の致死率が、実はそれほど高くないという事実もわかって来ている。もしもこのウィルスに感染すれば、3人に1人が確実に死ぬとなればもっと恐怖するだろう。

 

だからと言って、自分が感染して苦しむのは嫌だとは誰もが思っている。だから、うつされたくもないし、うつしたくもないと思っている。

 

私などは既往症というか病気持ちで、ただいま治療継続中の上に、元々がメタボだとかなんだとか、基礎疾患という点でウィルスが勝利する条件が整い過ぎている。

 

だから、重症化しないためには感染しないに越したことはない。それよりも、すでにウィズ・コロナかゼロ・コロナかといった、この先の社会の在り方の議論すら出始めている。

 

ウィルスと人間は、戦いの歴史だったと言ってもいい。インフルエンザだって、長い時間かけて人間の方が免疫を獲得してきた。それでも、冬期には流行することが多い。

 

昨年の冬場は、そのインフルエンザが流行しなかった。今年はどうなるだろう。高齢者は、念のためにインフルエンザ・ワクチンの注射をしておいた方が良い、と言われている。

 

あれもこれも、どれもそれも、みんな高齢者にとっては命取りだ、という具合になる。年寄りは、何かあったら大事に至るのは致し方が無い。それはわかっている。

 

しかし、いかんせん引き籠りを続けるのも無理がある。などと言い訳をして、この2日間少し天候が不安定だったけれど、明日は好天になりそうだから、さてどこに出掛けようか。

 

汗はかくけれど、〝大汗〟まではかかない程度の気温になってきた。だから、家の中でじっとしているのももったいない。そう思って〝行きたい先リスト〟を作ってみた。