心安らぐために「炮烙」に病気平癒の文字を | がいちのぶろぐ

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放射線治療を受けるために、毎日、京都大学病院に通っていると、いろいろと細かいところに気付いて来る。その一つに、京大病院の「ロゴ」がある。

 

KUP」のように見えるのだが、少し離れてじっくりと見ると、「:」ではなくて「H」が白黒反転しているのが見えてくる。

 

 

 

Kyoto University Hospital」の「KUHP」を集めて、それを基にロゴを作っているということだ。だけどこれがデザイン的に、何となく〝お洒落〟なのだ。

 

こういうオシャレなセンスは、決して嫌いではない。いや好きなんだけど、デザインする力はもちろん、無から有を作り出す発想は、残念ながら私には備わっていないようだ。

 

というようなことで、今日も午前中に放射線治療を受けてきた。事前に貰っている放射線治療を受ける際の〝心得〟的な資料でも、そろそろ痛みが出るころのようだ。

 

 

 

私は、痛みに耐える力が弱い方だと思っている。〝痛いこと・しんどいこと〟に対しては、決して強い方ではない。辛抱し耐える力が弱くて、すぐに弱音を吐く〝ヘタレ〟だ。

 

注射だって好きではない。それほどひどく痛いわけではないけれど、やはり注射針が入る瞬間は顔をそむけてしまう。

 

だから、いただいている説明書に、これから放射線治療の回数を重ねるにしたがって、痛みが出て来るだろうと書かれているのを見れば、〝嫌だなあ〟という気になる。

 

今日でこの放射線治療も、全体の回数の半分が終わった。2月下旬まで、残る半分の治療回数を受けて行く。まあ多少痛かろうと、それで病気が治るなら結構なことだ。

 

ところで今日、『22日』が節分ということで、テレビ番組などでも話題になっている。24節気の一つ「立春」が今年は23日なので、その前日の今日が節分ということだ。

 

毎年必ず23日が節分になるわけではないのだが、といって日付が変わるのもそうたびたび起こることでもない。2日になるのは、明治301897)年以来124年ぶりらしい。

 

もっとも24日へ後ろ倒しになったケースは、昭和591984)年にあったそうだから、こちらは37年ぶりということになる。

 

そういうこととは関係なく、今日、京大病院への往き帰りに乗った市バスは「吉田神社」の参道になる「京大正門前」バス停を通る。そのため、このバス停で乗降客が多かった。

 

 

(以前の吉田神社の「節分祭」のポスター)

 

「吉田神社」は吉田山の中腹にある〝藤原氏〟の京都での氏神様であり、この神社の追儺式「鬼やらい」は有名な行事となっている。

 

 

 

例年であれば、私も我が家から近いこの「吉田神社」なり、我が家からは少し遠いけれど、「炮烙」に願い事を書くので有名な「壬生寺」の節分に出掛けていた。

 

壬生寺では願い事を書いて納めた「炮烙」を、ゴールデンウィークに行われる「壬生念仏狂言」の際に、「炮烙割り」として割ることによって願いが叶うとされている。

 

 

 

それが今年は「密」を避けるために、「炮烙」をお納めする期間を節分の前後だけでなく、念仏狂言が行われる少し前まで、「炮烙」がある限り受け付けるということだ。

 

だから、ひと段落して人出が退いた後からゆっくりと出掛けて行って、「病気平癒」と願い事を書いた「炮烙」をお納めしようと思っている。

 

 

 

私は「占い」などという将来の話はまったく信じない人間だけれど、こうした行事で精神的に多少の〝安らぎ〟を与えてくれるなら、それはそれで良いとも思っている。

 

だから、今年の元日の初詣も、病気平癒・ガン封じの「因幡薬師」平等寺へお参りをして、お守りの「薬壺」を頂戴してきた。まあこれも〝安らぎ〟ということだ。

 

 

 

さて、来週になれば第2期目の入院生活が待っている。また抗がん剤治療が始まるが、こうして様々な治療が行えるのも、考えれば〝がん治療〟がどんどん進化しているお蔭だ。

 

神頼みではなく、〝お医者さま・病院頼み〟ということだ。主治医を始め、担当していただいている皆さんは若い。若さを眩しく感じるほど、皆さんがキビキビしている。

 

 

 

だから私は、全てをお任せして自分も頑張ろうという気になれる。ついでに、少しだけ精神の安らぎのために、壬生寺の「炮烙」にも願い事を書きに行こうと思う。