重苦しい雰囲気のまま5月が幕を開けた。観光地の宿泊施設などは、悲鳴を上げていることだろう。そう思っていたら、いろいろな媒体で情報が伝えられていた。
インターネット情報誌「TRIP EDITOR」には、佐賀県・嬉野温泉の老舗旅館「大村屋」が「未来の旅がお得になる利用券発売」という記事が掲載されていた。
この大村屋は、嬉野温泉では「1830年創業という最も古くから続く」旅館だという。この旅館が、「コロナウイルス終息後に使用ができるようにと、有効期限が2年という長さの『お得なクーポン券付き御利用券』を販売開始」したという記事だった。
記事によると、「『湯上りを音楽と本で楽しむ宿』をコンセプトに営業」しているので、「ビートルズのジョン・レノンのように『HELP!』と叫ぶ企画」だと書かれていた。
3万円・5万円・10万円の3種類のクーポン券で、それぞれ1割のクーポンがサービスとして付いているそうだ。
お客が減ったことにただ悲鳴を上げるだけでなく、「ジョン・レノンにインスパイアされた企画」だというのもちょっとユニークだろう。
そう思っていたら、今日の毎日新聞の朝刊にも「事態打開へ模索続く 将来の宿泊クーポン販売」という記事が掲載されていた。時を同じくして、こうした動きが取り上げられている。
この新聞記事では、HOTEL SHE,OSAKAやHOTEL SHE,KYOTOなどを運営している龍崎翔子さんという若い経営者が、「CHILLNN(チルン)」というインターネット予約を稼働させたという。
(HOTEL SHE,KYOTO)
この龍崎さんが経営するホテルは、以前にこのブログで「ジャケ買いされるホテル」というコンセプトに興味を覚えて、そのホテルの内容などを書いたことがあった。
(HOTEL SHE,OSAKA)
今回は自分のホテルだけでなく、全国の小規模ホテルにも参加を呼び掛けて、共同の予約プラットホームとして、「未来に泊まれる宿泊券」として販売をするとのことだった。
それ以上に現在のコロナ騒動の社会状況を踏まえて、新たなコンセプトを考えていることに興味を引かれた。それをホームページ上では「ホテル SHE/LTER」と表現していた。
「今や『安心してホテルに遊びに来て下さい』とは言えない時代」だと規定した上で、「『未来の旅行を買ってもらえる』ホテルチケットの販売に特化したECサービス」を立ち上げたと説明している。
この部分は、同業のホテルにプラットホームへの参加を呼び掛けたものだが、他の説明文ではホテル業界の将来を次のように再定義していた。少し長いけれど引用させていただく。
「今までのホテル業界は観光業における装置産業として存在していましたが、コロナに適応し生き残るには、個人や法人に長期的に空間を賃貸する『不動産業的』な産業構造へと変化するか、あるいは衣食住を包括するサービスであることを活かした『福祉施設的』なサービスへと変化していく必要があると思います。」
つまり、ホテルはこれまでのように「『観光』という文脈では語ることができない」から、「新たなビジネスモデルが必要」だと考えて、このように再定義したということだった。
その上で、「ホテルシェルターというプロジェクトを実行する」と宣言している。「このホテルシェルターを通じて、社会に対して『五方よし』となるようなサービスを提供できることを心から望んで」いると書かれていた。
『五方よし』とは、有名な近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」経営になぞらえたものだけれど、『五方』を以下のように考えているということだ。
①家にいること・帰ることがリスクやストレスとなる方々
②出勤する従業員の安全を確保したい企業経営者
③収益減に苦しむホテル経営者
④安全なホテル運営を行いたいホテル従業員
⑤支援や寄付を通じたCSR活動を望む協賛企業
個人的な悩みを抱えた宿泊客、従業員対策を考える経営者、ホテル経営者、ホテル従業員、そしてサポートによってCSR(企業の社会的責任)を意識する企業の、5つそれぞれがメリットを持てるということだ。
だから、「このサービスを提供することで少しでも新たな選択肢を得ることができる方がいるのだとしたら、(中略)このプロジェクトを行い社会の効用を最大化させる意義は大いにあると思う」としていた。
相変わらずというか、龍崎翔子さんという若い女性経営者の考えていることは、とても素晴らしく、また持続可能性を見据えた発展性のある「事業再定義」だと思う。
ただし、コロナウイルス対策が厳しく求められる状況だから、「専門家監修のもと、ホテル運営ガイドラインを固め」、「まずHOTEL SHE,で試験営業」したのちに、「安全性が確認されてから、(中略)他施設への送客を行なっていく予定」だと書かれていた。
価格的に安価で、かつ1週間程度からの滞在を見通すことで、社会的な〝シェルター〟を果たせるような宿泊施設づくりという考え方は、この先のウィルス騒動の終息後に向けた一つの行き方となるような気がする。
それが「『観光』という文脈では語ることができない」時代のホテルのあり方への、一つの理念というか哲学の提示だと思う。
興味をもたれたら、是非「CHILLNN」で検索してみてほしい。HOTEL SHE,が新しい局面を迎えて、変わろうとしていることを感じてもらえたらと思う。