私的見解はNO.
ぢぶん自身のココロの闇を全力で棚上げするだけで、
ぢぶん自身に向き合わず全力で逃げてるだけ。
あるいは、
過去のトラウマやストレスの奴隷から、
こんどは神の宗教の奴隷になるだけ。
つまり、
ぢぶん自身を苦しめているモノが
交代するだけで、何も問題は解決しない。
ただ、宗教と言っても、いろいろあって、
戒律の厳しいモノ、緩いモノ、いろいろある。
前者は宗教に身も心も取り込まれてしまう危険性が高い。
後者は比較的安全だけど、ぢぶんで考えることができないと
満足できずに、続かないだろう。
まぁ、
末期ガンとかで、あと余命1~2年とかなら、
悪くはない選択だけど、あと20年以上は
生きる積もりだから、それは有り得ない。
あと、
欧米のように、日常生活に宗教が大きく関わるのなら、
周囲の理解や信者の層が厚いので、そう悪くはない選択
かもしれんが、日本のように、八百万の神とか、
宗教は希薄な雰囲気みたいな存在であるトコでは、
欧米みたいな濃い重たい宗教観は違和感がバリバリある。
とにかく、
ぢぶん自身で考える事を放棄してしまっては、
何も問題は解決しないよ。
神様が許してくれても、少なくとも社会復帰したいのなら、
それは、一般社会では通用しないのが、致命的な欠点だね。