今日は、あなたに出産のお祝いをしたくて・・・。
(とは言っても、ネットで知り合った方で、住所を聞くわけにもいかないので、
結局のところはご自身で買ってもらうことになってしまうのですが、
プレゼントしたいという気持ちを届けたいです。)
「出産祝い何が欲しい?」と友人に聞かれた時、
「絵本をください」と我が家では伝えていました。
今日は、あなたに出産のお祝いをしたくて・・・。
(とは言っても、ネットで知り合った方で、住所を聞くわけにもいかないので、
結局のところはご自身で買ってもらうことになってしまうのですが、
プレゼントしたいという気持ちを届けたいです。)
「出産祝い何が欲しい?」と友人に聞かれた時、
「絵本をください」と我が家では伝えていました。
我が街湘南地方は、冷たい雨が降っていて・・・
暖房をつけたくなります。
みなさまの地方はいかがでしょうか?
こんにちは。琴です。
最近育児がさらに楽しくなってきました^^
男の子のあるあるだと思うのですが・・・
息子、かなり激しい・・・><
多分・・・生後4か月くらいだったか、
寝返りができるようになった→寝たままずって移動することがあると思っていたら、
こたつ(布団無し)の下に潜り込んでいたんです。
『危ない』って引っ張り出していたんですが、
そのうちに、足でこたつを持ち上げるようになりました><
そして9.5か月の今。
こたつによじ登っています。
始めは登らないよに教えていたのですが、それが逆効果。
褒められていると勘違いしているのか、余計強化されて行ってしまったような・・・。
なので、危険が少ないようにと降り方を何度教えても、顔から降ります落ちます。
泣いた1分後には、こたつの上にいます><
そして、最近復活した夜泣き・・・。(ここ1週間くらい毎晩)
月齢3か月くらいの夜泣きが、可愛かったんだと懐かしくなりますよね。
必死で寝ようとしているのに眠れなくて、赤ちゃんの声で泣く・・・。
心臓に負担をかけたくなくて、私も必死であやしてました。
今ですか(苦笑)
我が家にライオンでもいるのかというくらい叫んでますよ。
毎晩・・・。
その姿がね。
成長したなぁぁって思うんですよね。
出産した病院では、
「後5分か10分遅かったら、生まれなかったですね」と言われ・・・。
一時退院した時には、一瞬呼吸が止まり、
死んでしまった…と思ったし。
手術後は
「今日から3日間が山場です。」と宣告され・・・。
そんな息子がぎゃん泣きするんです。遠吠えですよ。
いまだそうした時間が長いと、
末梢循環障害を起こして、特に足が紫色になってしまうので
親としてはひやひやしますが・・・。
そんなに大きな声が出せるような心臓になったのかと思ってしまうわけです。
昼間の刺激が多過ぎるのかな?とか
本当はどこかが痛いのではないか?とか
親なので、考えたりもしますが、
大泣きしているっていうのに、
それでも、
「生きているってすばらしい」
と感動してしまいます。
夜泣きもね・・・。
『だんだん泣く』っていうんじゃないんです。
いきなりも『トップギアでギャン泣き』。
耳元で、突然叫ばれるんです(笑)
その声の大きさに
怒るっていうより、笑えます。
一瞬で目が覚めます(笑)
今まで、夜泣きをすると、
私が息子を連れてキッチンへ行って、パパに睡眠をとか考えていたんですが・・・
どこに避難しても、すごい声です。
近所からクレームとか来るんじゃないかって思うほどです。
毎日パパは寝不足の中仕事へ。
いろんなことありますが、パパには感謝です。
朝寝も終え、そろそろトップギア泣きそうです^^
暑い日が続いております。
毎日の散歩で、焼けにおでこだけが焼けてきてしまいました。
こんにちは。
日焼け対策してますか?
我が夫婦は本が大好き。
結婚してから、本は、夫がプレゼントしてくれるものになっております。
もちろん、パパの分もごっぞりありますが・・・。
男の子ママ必見の本の紹介です。
めっちゃ笑えます。
そして、この本の言う通りと思うことが多いです。
実は、この本を直接紹介したい人がいるのですが、
私の言葉足らずで、そういうわけにもいかないので、紹介だけしておこうかなと思います。
【ウチの男子とパパの「?」がスッキリする本】
…小崎恭弘氏
実は。。。
少し前、我が家では離婚騒動がありました。
いまだにそのことを考えると、
ココロが沈んでしまいそうなのですが・・・。
この本を読んで少し納得したんですよね。
息子と表現せずに、「男子」と書くところにも、なんか深い意味を感じました。
家にいる男子は、息子だけじゃないですからね。
↑
パパも当てはまると思って読みました。
支えてもらっていることも多いのですが、
この本を読んで、なんか、すっきりしました。
【同時にできない】という話があるのですが・・・。
同じ医療系なので、
『2つと言わず、3つも、4つも、同時にこなさないと、仕事進まないよね』
という思いが私の中にはありました。
もちろん、『料理をしながら、子どもを見る』なんてことは、
主婦なら、考えもせずにしていると思うんです。
夫はこれができない。
料理中、話しかけると、だいたい焦がす。
弱火でコトコトしていたはずの夫が、何か違うことに手を付けたら、炭になっている。
だから、キっチンには一緒に立てない。
当然、息子を見ながらの料理なんてありえない><
うまく表現できないのだけれど。
子どもを見る→危険がないように。楽しいことをする。手出しをしすぎない。
料理をする→洗う。切る。焼く。
これは関連性があり、一緒にできること。
でも、
子ともを見る→料理をする
は関連性がないのでできないようです。
我が家の話をずらずら書いてしまいましたが・・・
男の子のママはもちろんですが、
パパとの関係に困惑されている方も見ると面白いかもしれません。
9か月の息子の体力がありすぎて、追いかけっこが本当に大変です><
そして・・・
毎日のお散歩。
気が付いたら、Tシャツ焼けと、おでこが黒光りしております><
こんばんは。
皆さん、日焼け対策していますか?
ウンティの話をします^^
お食事中の方を含め、不快な方は、スルーでお願いします^^
我が家の離乳食は生後6か月、ハーフバースディを迎えてから開始しました。
離乳食の開始時期としては、遅めです。
なので、何か月目にこれくらいなら食べられるというのも
1~2か月ズレております。
生後9か月にして、離乳食3か月目で、いまだ1回食。
知り合いや、いとこから、
「にんじんとか食べると、赤いウンティがでるよ」
「みどりのウンティもある」
なんていう話を聞いていたので、ちょっと楽しみにしておりました。
ですが、我が息子は小食な方かと・・・。
赤やみどりのウンティに出会う事なく経過しておりました。
そして、そんな情報もすっかり忘れてしまっていました。
今朝・・・
わかめのウンティが出ました^^
なぜか私、とてもうれしくなってしまって、テンション上がりました(笑)
テンション高めの私を見て、息子もテンションが上がり、いつも以上に動く動く・・・。
その行動も、なんとも可愛くて・・・
そして、楽しくて大笑いしながら、オムツを変えました。
以前にも記事にしたかと思うのですが・・・。
私、ウンティネタって、テンションが上がりやすい傾向があります。
認知症病棟で働いていた時の経験のせいだと思うのですが、
怒ったって、注意したって、理解してもらえないじゃないですか。
そういう時って、もう笑うしかないんですよね。
息子は認知症の診断はされていませんが、
怒ったって、注意したって、理解できないことは一緒なので、
やっぱり笑うしかなくて・・・・。
わかめのウンティにテンションが上がった朝でした。
午前午後、息子を連れてのお散歩で、すっかり日焼けしております><
みなさまは日焼けとかしちゃっていませんか?
こんにちは。
お変わりなくお過ごしでしょうか?
昨日、とてもショッキングなニュースが入ってまいりました。
本来ニュース関係などは取りあげない方向性でいたのですが、
思わず涙が出てしまうほどの事であったので、記事にすることにしました。
それは・・・
横田滋さんが亡くなったというニュースです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
人の親となり、
我が子が拉致されるという悲しみがどれほどのものなのかということを知りました。
開かれていない国に対して訴え続けてきた姿は忘れてはいけないし、
終わりにしてはいけないと強く感じます。
また、
北朝鮮の事を
拉致の事を考えると、よみがえる記憶・・・。
あの時の青年は、今頃どうしているでしょうか?
↓の記事にも書いている事を繰り返し書きます。
今から25年前の事。
好奇心旺盛だった私と姉が北朝鮮を旅行中の出来事。
当時ヘビースモーカーだった私は、ご飯の時間を割いてでも吸っていました。
あの時も、早々に食事を切り上げて、喫煙場所へ。
だだっ広い道路の先の山の方から、青年が来ました。
当時30~35歳くらいの爽やかな青年でした。
まったく違和感のない日本語。
今なら疑うこともなく、その方が拉致被害者だと感じます。
当時の社会情勢から、簡単に拉致という言葉も出せず、
旅行中の行動も監視されているようでした。
北朝鮮について、
すぐに全員のパスポートが北朝鮮の添乗員さんに取り上げられる預けられることとなりました。
日本から一緒に行った添乗員さんですら、
「今回の旅行中の案内は出来かねる」ということが伝えられ、
「無事に帰れるか心配です」と、コソって言っていたくらいでした。
なので、その青年が、
拉致被害者だと名乗られても、実際には何もできなかったと思うのですが、
それでも、なんらかの・・・
できれば名前だけでも聞いていたら・・・と思わずにはいられません。
きっと何かを伝えたくて、山から下りてきたのだと思います。
もしかしたら、命がけだったのかもしれません。
たった1回のチャンスの中で、
私に名前を伝えても、大丈夫なのかという判断をしたのかもしれません。
それに、私は応えられる器ではなかったのだと思います。
頭の中をぐるぐるする、タラレバ・・・。
どうしようもないことなのかもしれませんが、
どうにかできなかったのかと思わずにはいられません。
拉致被害者のポスターを手にした時は、80%以上の可能性で
その青年がこの人だと思う人がいました。
ですが・・・
忙しさと共に、関わりたくないという思いもあったのかもしれません。
いたずらに年月が過ぎてしまい・・・
あんなにもはっきりと覚えていたはずの青年の顔がわかりませんでした。
その青年も今は、55~60歳。
その青年の両親は70台後半から上になるでしょう。
日本に残してきた家族の高齢化も進んできています。
1日も早い帰国を願うばかりです。