午前午後、息子を連れてのお散歩で、すっかり日焼けしております><
みなさまは日焼けとかしちゃっていませんか?
こんにちは。
お変わりなくお過ごしでしょうか?
昨日、とてもショッキングなニュースが入ってまいりました。
本来ニュース関係などは取りあげない方向性でいたのですが、
思わず涙が出てしまうほどの事であったので、記事にすることにしました。
それは・・・
横田滋さんが亡くなったというニュースです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
人の親となり、
我が子が拉致されるという悲しみがどれほどのものなのかということを知りました。
開かれていない国に対して訴え続けてきた姿は忘れてはいけないし、
終わりにしてはいけないと強く感じます。
また、
北朝鮮の事を
拉致の事を考えると、よみがえる記憶・・・。
あの時の青年は、今頃どうしているでしょうか?
↓の記事にも書いている事を繰り返し書きます。
今から25年前の事。
好奇心旺盛だった私と姉が北朝鮮を旅行中の出来事。
当時ヘビースモーカーだった私は、ご飯の時間を割いてでも吸っていました。
あの時も、早々に食事を切り上げて、喫煙場所へ。
だだっ広い道路の先の山の方から、青年が来ました。
当時30~35歳くらいの爽やかな青年でした。
まったく違和感のない日本語。
今なら疑うこともなく、その方が拉致被害者だと感じます。
当時の社会情勢から、簡単に拉致という言葉も出せず、
旅行中の行動も監視されているようでした。
北朝鮮について、
すぐに全員のパスポートが北朝鮮の添乗員さんに取り上げられる預けられることとなりました。
日本から一緒に行った添乗員さんですら、
「今回の旅行中の案内は出来かねる」ということが伝えられ、
「無事に帰れるか心配です」と、コソって言っていたくらいでした。
なので、その青年が、
拉致被害者だと名乗られても、実際には何もできなかったと思うのですが、
それでも、なんらかの・・・
できれば名前だけでも聞いていたら・・・と思わずにはいられません。
きっと何かを伝えたくて、山から下りてきたのだと思います。
もしかしたら、命がけだったのかもしれません。
たった1回のチャンスの中で、
私に名前を伝えても、大丈夫なのかという判断をしたのかもしれません。
それに、私は応えられる器ではなかったのだと思います。
頭の中をぐるぐるする、タラレバ・・・。
どうしようもないことなのかもしれませんが、
どうにかできなかったのかと思わずにはいられません。
拉致被害者のポスターを手にした時は、80%以上の可能性で
その青年がこの人だと思う人がいました。
ですが・・・
忙しさと共に、関わりたくないという思いもあったのかもしれません。
いたずらに年月が過ぎてしまい・・・
あんなにもはっきりと覚えていたはずの青年の顔がわかりませんでした。
その青年も今は、55~60歳。
その青年の両親は70台後半から上になるでしょう。
日本に残してきた家族の高齢化も進んできています。
1日も早い帰国を願うばかりです。
