†また夢で逢いましょうo(^-^〇゛気愛!!† -13ページ目
たった今、夜が終わったのだ。
悲しく思う事では無いが、
もう逢えないかも知れぬ夜な気が。。。
水も出なくなったこの身体が苦痛を呼ぶんだ。
ほんの僅かな時を共に過ごす事すら儘ならない。
独りになりたいと思う瞬間だ。
居た堪れなくなるのさ。
気が付けば落とし穴ばかりで、
気を抜く為れば脚を捕られ穴に吸い込まれるのだ。
遠い島に其れはあって、
観る事すら儘成らぬのです。
時間は常に新しく流れ、
何も憶えようとはしないのさ。
何度と無く繰り返してしまうのはそのせいか。。。
楽な道の往く末は、
安い答えとカルい思い出。
目の奥が潰れる。
塞がる。
眼球は融け落ちる。。。
毎日のどんな事であろうと、
無駄なモノは無いと思ってる。
多分、自分がトラウマに記憶している、
恐ろしく嫌な記憶も、
経験の内認めたくは無くとも、
自分が一番思い出したくない経験が、
自分にとってその後、
そうならない様にと、
それ以上の経験を踏まない様にと、
思い続けながら生きて行くのが人間で、
それ故、苦しい思い出も忘れる事は出来ない、
もしかしたら、忘れぬ様にと思い続けている、
そんな人は予想以上に多いのかと想う。
辛くても手放さない記憶。
これも、実際、自分では解らない、
気付かない、
そんな訳が無いと否定するでしょう。。。
訊かれたら、私も否定すると思いますしね。
皮肉なもんだぁ----やっぱりさ(苦笑)
ある統計によると、私は「阿修羅」の位置になってしまいます。 インド・ヨーロッパ比較神話学的な観点では第一機能(司法的・宗教的主権)に対応すると考えられている。 アスラは今でこそ悪魔や魔神であるという位置づけだが、 より古いヴェーダ時代においては、 インドラらと対立する悪魔であるとされるよりは最高神的な位置づけであることのほうが多かったことに注意する必要がある。 本当は阿修羅は「正義の神」なんだけどねぇ~ と、いうどちらに取るべきか、 何とも位置付け難い星に生きている人間です(苦笑) もんの凄い宗教的な話しになってしまうのだけれど。。。 日本人と生まれて居なくとも、 誰でも何かしらの下に位置付けられるのです。 「阿修羅は戦いの神」と知られているのだが、 確かに自分は何に対しても、 戦闘モードで物事に挑むタイプです(自爆) ぅわぁ~、、、中ってるじゃんかぁ。。。 怖いわ。。。 とか、思っちゃいましたよ(笑)
乾いた空気、之と言って何も思い出さない。
昔の思い出、しまい込んだ場所。
季節の変わり目、心をかき乱す。
本当の君の笑顔、永い間見てない気がする。
何があったのか、私からは訊かないよ。
話したくなったら、きっと聞かせてくれる事、信じてるから。
だから、私は、何時もココに居る。
探さなくても善い様に。
きっと、これからも。

