すおすだーいv(`ゝω・´)
あわのんだよーん
GRAPHIS引退式の写真見たら
このSEXYな後ろ姿誰?
ってなって
あ、これ、私ってなった←
美人じゃないけど美豚です。
(だから誰かヴィトンのバック買って)
ああ、ついに脳みそがカンボジアの暑さにやられた、、、(32度あるからね、、、)
コート着て、マフラー巻いてた日本が信じられないよ!
この2日後にカンボジアの32度!
実は今、代表西島が風邪でダウンしてます、、、、
ルル飲んでちょっとづつ元気取り戻してら。食欲は風邪ひいてもあるみたいで安心したけど←
さあ、ちょっとまじめなはなし。
今回は、
前回ケンクリニックにて
ケン先生のお母様に聞いた話を書くよう!
ケン先生のお母様は、
カンボジア人の養子の息子さんがいるんだって。
息子さんは
高校までカンボジアにいて
大学はアメリカに留学したんだって
カンボジアって、ポルポトの暗い歴史があったじゃない?
「無学の人が一番偉い」
とされて、
学校の先生やお医者さん、
少しでも知識や教養がある人は根こそぎ殺された歴史。
それがつい30年前。
だからカンボジアって
0からのスタート地点に今いる国なんだよね。
何かを教えてくれる上がいないの。
だからもう国の制度なんかもガッタガタなわけです。
それで、ケン先生のお母様は息子さんの大学卒業時に
「あなた、知識や教養を身につけたのだからカンボジアに戻りなさい。自国のことは自国の人が立て直さなきゃだめ。カンボジアはカンボジア人が立て直すの。」
って言ったんだって。
ここまでは
ほー。そりゃ確かにってなる話。
私が感銘を受けたのはここから。
お母様は
「私もあなたと苦労を共にするから。」
そう言ったの。
この言葉の決意通り、かれこれ17年カンボジアに住んでるんだって。
「苦労を共にする」
一緒に努力する
一緒に苦しむ
そして
一緒に笑う
もうめちゃめちゃうんうんうんうんって頷いた
っていうのもね、
去年の夏のスタツアで、
プノンペン大学(カンボジアのエリート)の学生と交流したとき、
私は同い年の大学生に聞いてみたことがあったの
「日本の支援についてどう思いますか?」
それまでめちゃめちゃ不安だったんだ。自分達がやってることって本当はありがた迷惑なんじゃないか?必要ないことなんじゃないかって。
そしたら彼はこう答えたの
「日本の支援にはとても感謝しています」
あたし、そのときすっごくホッとした
でも、同時にちょっとさみしかったんだよね
「一緒にやりたい」
こんな言葉を私はどこかで期待してたんだ。
自分と平等な立場だったり、本当に信頼している人としか
何かを一緒に成し遂げたいとは思わなくない?
日本人って、
私達って、
カンボジアの学生にとって
まだまだそういう存在ではないんだなって痛感したから
さみしかったんだよねーあのとき!
だから
お母様の言葉に
めっちゃうんうんしたの!
私は今後カンボジアの人にとって、
「苦労を共にしたい」
って思われる人になりたいし、そんな活動をしていきたい。
一緒に泣きたいし一緒に笑いたい!!
このことを日本のメンバーにも
伝えたくて書きました!
もちろんGRAPHISメンバーとは
苦労を共にしたいし、していると思ってんよ!!
ちょーうみんなに会いたいっす!
ほんじゃ、おやすみのふv(`ゝω・´)
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