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内視鏡屋の日記 走・空・鉄

国内定期便のある全空港利用を達成し
国内鉄道の乗りつぶしを目指す医師のお気楽日誌。

1月10日 その6

 

藤棚の先に公園があった。筑後福島駅跡である。

2面3線で八女市の中心駅、途中駅で最も大きい駅であった。

 

ここは駅の痕跡が残されている。

 

駅舎は倉庫として利用されていた。

 

近くに伝統工芸館があった。

 

この辺りは昔の町並みが残っていて

 

消防出初式が行われていた。

 

この先も同じような道が羽犬塚駅まで続いているだけなので

ここでジョグは終了。

バスの営業所からバスに乗って、羽犬塚駅に戻った。

1月10日 その5

ここから矢部線は県道に沿って線路が引かれていたようである。

 

県道にはバルビゾンの道という別名がつけられている。

八女市は風景が北フランスのバルビゾン地方に

似ていることから名づけられたらしい。

 

JAのあたりが山内駅跡。

 

この団地付近が上妻駅跡。

 

ずっと直線道路で

 

九州道高架下付近に今古賀駅跡、いずれも痕跡は全くなし。

 

国鉄の境界杭ではなかった。

 

藤棚が見えてきた。

1月10日 その4

緩やかなカーブを描いた道の途中で道幅が少し広くなり

地域福祉センターが建っている。

 

北川内駅は、かつて福岡県八女市上陽町大字北川内

(現・八女市上陽町北川内)に置かれていた、

国鉄矢部線の駅である。

矢部線の開通とともに開業した駅で、

上陽町の中心地区の西端部にあり、

同町唯一の駅であった。矢部線の廃止に伴い、

昭和6041日に廃駅となった。

この辺りの広くなっているところが駅跡でしょうね。

 

道幅が狭くなって

 

星野川を鉄橋で渡っていたが、当然橋はなく

 

鉄橋があった地点での黒木側はこんな感じ

 

迂回して川を渡って

 

ずっとこんな感じで進むが

 

ここは周堤が残っている。

 

周堤を上ると先で舗装されていて

 

トンネルに突き当たった。ここは手入れされているよう。

 

車止めはあったが歩行者は通行可能と判断して

短いトンネルだが、退避場所が作ってある。

 

羽犬塚側はこんな風

 

どう考えても人の手が入っていますね。

 

県道に突き当たった。

 

黒木側、全面通行止めとあった、

どうも歩行者も通ってはいけなかったようである。

(と言われても、反対側には警告板はなかったので・・・)

1月10日 その3

 

この場所はかつて国鉄矢部線の黒木駅があった場所である。

 

矢部線は、かつて筑後市の羽犬塚駅と八女郡黒木町(現:八女市)の

黒木駅とを結んでいた、国鉄の鉄道路線である。

1980年の国鉄再建法施行により第1次特定交通地方線に指定され、

昭和60年4月1日に全線が廃止となった。

羽犬塚 - 黒木 19.7km

ちなみに矢部とは黒木よりさらに東に進んだところにあり

そこからさらに進んで宮原線の肥後小国駅まで結ぶ計画だったそう。

まんじゅう屋に名前だけが残っている。

 

さて、例によってジョグによる廃線跡探索である。

黒木駅跡を出てしばらく行くと廃線跡は道路に転換されている。

 

元の黒木町役場。

 

線路はこの峠の下を通っていたよう

 

峠を降りると線路跡と思われる周堤が見えた。

 

少し開けた場所に出て、立派なお屋敷が数件。

 

当方は山道を越えてきたが、矢部線はトンネルで抜けていた。

北川内トンネルという名前のよう。

 

トンネルの入り口から羽犬塚側を眺めると、

道路は線路跡の転換だろうが掘り下げてあるにしても

かなりの下り勾配だったように思える。

 

トンネル自体はふさがれていた。

内部は地元の酒蔵が管理していて

お酒が貯蔵されているそう。

 

転換道路はこんな感じで

 

廃線跡特有の緩やかなカーブを描いている。

 

1月10日 その2

 

ここからさらに西の矢部に向かって走るバスもあるが

 

徒歩10分ほどで黒木の体育館に到着。

 

体育館駐車場の片隅にC11が置かれている。