11月30日 その12
無事に川を渡って
このビニールハウスの辺りに線路はあったはずである。
廃線跡は畑になってしまって、どこを通っていたのかは不明。
この辺りを走っていたはずだが。。。
この神社(中央の木が2本立っているところ)の
脇を走っていたはずである。この舗装路ではなさそうだが。
ずっと進んで
水路に沿っていたはずなので、これが廃線跡だろうか。
11月30日 その10
橋があったと思われる部位の延長線上は
こんな道になっている。
しばらく行くと公園になった。
筑後柳河駅は、かつて福岡県山門郡三橋町(現・柳川市)
大字柳河に設置されていた、国鉄佐賀線の駅である。
佐賀線の廃止に伴い、昭和62年3月28日に廃駅となった。
島式1面2線の駅で、急行停車駅でもあった。
線路跡は舗装路へと続いていた。
ずっと一直線で右側の家は新しい分譲住宅と思われる。
国道208号をくぐって
西鉄矢加部駅、柳川駅の一つ天神寄りである。
廃線跡は県道になってずっとまっすぐひかれている。
とても廃線跡だとは思えなくなってきた。
百町駅は、かつて福岡県山門郡三橋町(現・柳川市)
大字百町に設置されていた、国鉄佐賀線の駅である。
佐賀線の廃止に伴い、昭和62年3月28日に廃駅となった。
記念碑以外何も残っていなかった。
11月29日 その9 10
廃線跡は側道になっていて
未舗装道に変わった
どう見ても廃線跡のコンクリート橋でしょうね。
こちらは後から付け替えたものかもしれない。
手入れはされているよう
反射板があるので、車が通ることを想定しているのでしょうね。
バラストが残っている。
こんなものを見つけて喜んでいるわけで
あまり理解してもらえない趣味かもしれない。
しかもジョグしているわけだから。
鉄道用のようにも見える
未舗装だがしっかり固めてある。
再び土くれに
信号の跡だろう。
一応、草刈りはされているようだ。
ここに橋があったようだが撤去されている。
回り道をして
どんな橋がかかっていたのか、想像するのが楽しい。
11月30日 その8
福岡県側に入って道が狭くなった。
保線小屋だったようにもみえる。
車道より歩道のほうが広くて
ここも可動橋だったようだが撤去されている。
県道に転換されている。
大川市のマンホール、秀逸なデザインですね。
筑後大川駅跡はハローワークになっている。
筑後大川駅は、かつて大川市大字小保に設置されていた、
国鉄佐賀線の駅である。佐賀線の廃止に伴い、
昭和62年3月28日に廃駅となった。急行停車駅であった。
ここから道が広くなって
有明海湾岸道路の建設で、廃線跡は全く面影を残していない。
交差点に記念碑が残されていた。
東大川駅は、かつて大川市大字三丸に設置されていた、
国鉄佐賀線の駅である。佐賀線の廃止に伴い、
昭和62年3月28日に廃駅となった。