親孝行1 | 雲の呟き

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したいときには親はなし


義母を亡くしてできるだけのことは尽くしたように思えるがやはりいくつかの後悔とは言わないが心のこりはあります。


もう少し早く引き取ってあげたらもう少し豊かな時間が過ごせたかもとかずっと前から一緒に居てあげたらもう少しストレスのない、事によったら病魔も避けられたかなど「たられば」なことに囚われてしまうことがしばし続いていました。


亡くなった日に息のあるうちにそのことは義母に語りかけて詫びています。


そんな「悔い」のないように今週は養母を連れ立って伊豆まで温泉旅行に来ました。


未だ緊急事態宣言中で掟破り(県外移動)を冒して。


母も齢88を越えおそらく親子連れ立っての温泉旅行はこれが最後、冥土の土産。


数字的に感染が少し落ち着いた今を逃がすともうあとはない想いが強かった。もし第6波が来るなら。


宣言中の影響があってか道路、特に高速は殆どが長距離トラックばかり。サービスエリアも温泉街も空いていて殆どよそ様と接点を持たないで宿まで移動できた。


1泊目


昔製造業をしていた多分20年ほど前だったかな社員旅行に使わせていただいた稲取銀水荘。


実は2年前ここは父が亡くなったあとにも母を連れてこようと予約をしていたのに肝心の母が予定日の2週ほど前に玄関先で転倒、股関節を折って緊急手術、入院するなどして泣く泣くキャンセルした曰く因縁の宿です。


当時なかなか予約をいれられない宿でしたがコロナの影響で2週前でも予約できるとは旅館業はやはりかなり厳しいようです。


入館しても昔なら並んでお出迎えだったろうし荷物も接客も何もかも仲居さんがつきっきりだった覚えがありますが、こちらも部屋まで誰も案内がいません。


自分たちで荷物を運び自分たちでエレベーターのボタンを押し、部屋の鍵を開けるという徹底ぶり。


あーいうサービスは不要だったのか過剰だったのか?あーした努力はホテルマンとしては価値があったのかなかったのか?「おもてなし」って一体何なんだろうと深く悩んでしまった。


大風呂は行かなかったけど部屋の露天風呂、潮風を浴びながらの相模湾の絶景。

朝焼け


夕食は部屋食。これは昔ながらの仲井さんによる一品ずつ配膳される懐石フルコースだけど、マスクをしてはいるもののお料理を運ぶたび食材や食べ方の説明をお料理の近くで説明されるので警戒心が強くなる。これは仕方ないか?


母と女房、私の大人三人旅なわけだけど80を過ぎた母の食は極端に少ない。旅館には少な目にしてほしいと要望していたがそれでも結構なボリューム。貧乏癖の抜けない私はどうしても食材を無駄にするなど倫理的にも経済的にも許容できないので結果母の残飯を処理することに。ほぼほぼ二人前近い量。最後はフードファイター状態で近年稀に見る満腹感。


翌朝、朝食は大広間でバフェットだったけどいつも通り、少な目のシリアルに納豆にトマトジュース、コーヒー。それでも胃もたれがするほどだった。腹も身のうち。若い頃なら苦もなかったろうがいよいよ年齢を痛感した。