誕生日でした。
59になります。
20日からMTXは8から12へ増量になりました。
手首の周囲の炎症状態が見つかった4ヶ月前からなかなか改善しないのが理由です。
朝方、手先が酷い時の強張りまでではありませんが、あつはれっぽく、「ポーン」という感じで曲げるのに違和感があるのも不気味です。
この際一気に火消しをしておく方が良いというのが私と担当医の一致した意見です。
運動は炎症と相関があります。自然な体の反応です。一定の負荷は免疫反応を上げます。筋肉破壊は腎臓にも負担をかけます。
思えば父が介護施設から自宅介護になった秋口からずっと思うように練習することができずにいて、運動量が減ると途端に体重も血圧も高くなって来てます。
幸い父の介護度自身はどうしてもいつも一緒にいないといけないわけではありませんが、全く放っておいて良いわけではなく、「見守り」はしないといけません。
認知症が進んでいるとは思いませんが、ときどき奇妙な問題行動をします。
普段は母が見てくれていますが、母も高齢なので繰り返し泣き言をいうようになっていて気持ちの上でも支えないといけません。
ただその母だって父の介護が無かったら、おそらくとっくに呆けてしまっているでしょう。今はそれが張り合いなので保っていられる効果もあるのです。
それでも寝付いて動けない介護度5だった頃が良いかというわけもなくありがたいのです。
何か張り合いをもってくれたらディサービスもいろいろゲームとか認知症改善にしてくれているようですが、ほとんど寝ていることが多いようです。
人にもよるでしょうが特に男性は社会性が乏しくなって来ていて、「ボーッと」テレビを見ていることが多いらしく、いたずらに時間を過ごしているというのが実態で、特養で働いている息子などは「ディサービスは単に介護者の介護ストレスを低減するだけのこと」と言い切ります。
父もデイに行くたびに、行きたく無いと不満を言います。ここが尊敬する両親の終の住処、成れの果てか、と思うには結構残酷なものがあります。
息子はそういう残酷な場所を勤め先にしていて親としては不憫な気がします。でもそういうスタッフがいないともっと無残な思いをする高齢な方々がいることも現実でとても尊いのです。我が息子ながら偉いなぁと思います。
少しでも他人様の目に触れることで、大げさにいうと社会性を維持して欲しいと思って無理に行くように言って来ましたが、今月いっぱいでやめることにしました。
今年父も90になります。90になろうという人に、何か希望を持てとか、勉強しろとか、体を鍛えろっていうなんて無茶でしょう。
ただ好きなようにさせてあげたい。
歳をとるのは悪いことでは無いです。
与えられた時間を、その最期まで自分らしい時間の過ごし方というテーマは私も同じ。
難しいテーマです。