来月は家族全員、私と息子は再度感染検査が保健所で行われます。
同居しているので「濃厚接触者」という位置づけです。
母が自分のことも心配になっていて、もし緊急隔離されると困るので、預貯金とかの整理をしておきたいと言い出しました。
定期を解約して普通預金に振り替えてATMカードを作っておけば万一何かあっても資金の心配がないだろうということで銀行を一緒にめぐることになりました。
相続税は3年預貯金もさかのぼってみますからごまかせませんけどね。
母の口座は本人が出向くので問題ありません。問題なのは父の口座です。
尋ねると委任状は原則だめで本人以外預貯金の操作はできません。
事情がわかっていて普段から銀行員とコンタクトをとっている銀行は了解していただき手続きができました。
それでも窓口担当には相続人は何人いるとか聞かれました。複数相続人がいる場合万一の時にトラブルを起こす可能性があるからでしょう。
私の場合、一人息子ですから問題ありません。
窓口から本人の了解が取れているものと確認ができたらというのですが、当の本人は隔離病棟ですし、もし病院が電話口まで父を連れて行っても多分何のことやらもうすでにきちんと受け答えできる認知の介護度は超えています。
結局一件の父の口座は成人後見人みたいな公的な手続きでない限り操作は断られました。
ただし本人の責任上発生する債務の返済に必要な明確な使途の資金について(例えば固定資産税などの納税関係)は代理人の証明保証がとれるなら個別に対応するということらしいです。
まぁ、急ぎ必要な資金では無いのでそのままにしておきました。つぎにあの銀行に行くのは父の死亡証明書が出せるようになってからでしょう。
最近よく「終活」という言葉を聞きますがとにかく元気なうちに身の回りは整理していたほうがよいですね。
83歳とは思えないほど母は意識がしっかりしていていまでも年金や会計周りのことを私と同等以上に気が回るほどしっかりしています。たぶん私が83になってたら無理だと思えます。
久しぶりに大須の町中に母と出たので矢場トンで食事がしたいといいます。

写真は名古屋飯、味噌カツで有名な矢場町にある矢場トンの店先の物販ケースのものです。
母は戦前焼きだされる前はこの近く裏門前町の家具屋の生まれです。
今はなき南久屋尋常小学校は戦争で卒業できず、卒業式を生き残った老齢の同級生と数年前にやったことを覚えています。
戦前の矢場トンを知っていて当時は焼き芋も売っていたそうです。戦後カキフライなどを食べに父ともいったことがあるらしい。
多分ここの味噌カツを母と食べるのも生涯最初で最後になるでしょう。