大学を卒業して春から働き出した息子。最近たばこを始めたらしい。次女が不審なことを言うので、昨日帰宅した時に本人に問い詰めたら白状した。
私も若い頃喫煙していた。学生時代、憧れていたフランス語の女性教師をまねてLARKとか洋モクを気取って吸っていたものである。
バンドもやっていたし、とっくに時効だが、短期留学でバークレーにいた時、好奇心から2度だけマリワナも吸ったこともある。学内にあったグリークシアターでランディニューマンのライブを見に行ったときなどは、すり鉢状の屋外会場はそこら中でみんなが回し飲みをしていた時代。お陰で会場は煙で真っ白に煙っていた。後にも先にもそれきり。
タバコは長女が生まれるまで喫っていた。守るものができたときに自分も含めて子供たちの健康のために徐々にだが禁煙した。
10年ほど前フロリダのWDWへ家族で行ったとき、バハマ産の葉巻をそのいい香りに誘われて少し試したことがあるが、まったく頭が思考停止するほど強くて受け付けられずに諦めた。
子供たちもそれらを知っている。赤裸々に反面教師だったことを伝えている。偉そうに咎めることができるとは思っていない。
若気の至り。今にしても思うと馬鹿馬鹿しいような体験である。
何でも経験だという人がいる。職人が何十年も経験して培ったものは追体験するしかないような言い回しをする。「苦労は買ってでもしろ」とはよくオヤジに言われたものだ。
だがテクノロジーは進歩するのだ。やらんでもいい苦労はしなくていい。もしその技量に達するまでに同じ年月を重ねるしかないというような技術はいつか無くなる。
10年でも5年でもはては1か月たったの一日だろうと短く技術や経験を伝えることができれば、残った時間で次のステップに踏み込む進歩することができる。それが4つ足から2足歩行を始めた人類文明、文化の宿命なのだ。
もとより親があれこれ指図して言うことのきく歳ではない。はたちを過ぎて意見をするのはやめていた。
自己責任だと。が今回だけは意見をしておいた。はてどこまで響いたものやら。
ちなみによく私のオヤジも以前は愛煙家だったせいか私には寛容だった。