長女が帰省して姉弟がそろうと毎晩遅くまで騒がしい。
私はさっさと寝てしまうのだが、2,3日前に懐かしい自分たちの小さなころのDVDを見ていた。
流れでなぜか大昔のスクリーンセーバーのYou Tubeも見ていたようで食卓で話が出た。
After Darkの事である。
初期マックやDOSのころから発売元Berkeley Systemsが1997に買収されるまで人気の高いソフトウェアだった。
気に入って私もver1から4やStar Trek、Disneyまで持っている。
今それが走るわが家のマシンはPCG-C1という初期バイオのWindows98しか手元に無い。
娘たちも見たがるので久しぶりにFloppyとCDを出してきてC1にインストールして家族で見ていた。
画像は256色、音源も安いMIDI。だが手作り感満載。いろんなモジュールの構成も考え尽くされている以上に作り手の熱意を仕掛けに感じる。本当に楽しんで作っている気がする。
今は難しいリアルな動きも高速処理できるPCがポリゴンなどを制御することで、かつては考えられないような複雑な動きを自動的に処理してアニメーションすることができるようになった。
そういう意味でAfter Darkは格段に幼稚なアニメーションだが、プログラム自身も当時のPCで処理できるようにとんでもなく小さく軽いメモリーで動くものにしておく必要もあった。それだけ限られたリソースでできることに皆が専心していた。
C1のような266と小さなCPUですら初期のAfterDarkの水槽のモジュールは動きが速すぎて魚の判別に苦労するほどだ。
貧乏で予算も設備も満足できるものでは無くても、何かを生み出そうという情熱はPCの草創期に多く見受けられた。アップルもマイクロソフトもそんな一企業というより野心家集団だったに違いない。
これだからなかなか昔のマシンも捨てられない(>_<)
先日NHKでスタジオジブリの米林氏と宮崎悟朗氏のドキュメンタリー番組をやっていた。セルアニメーションにこだわる米林氏、3DCGアニメーションで革新にかける悟朗氏。「もうアニメーションなんて誰もやらない」と断ずる宮崎駿監督。
ドラえもんも3DCGになったらしい。ディズニーももうセルアニメーションはやらないのだろうか?
テクノロジーは後戻りできない。
CDが出た時LPはなくなるとだれもが疑わなかった。が今でもうちにはLPプレーヤーがあって若いころ聞き倒したLPに針を落とすときには音源以上の何かを感じることができる。時代の匂いというようなもの?ただのノスタルジー?
作り手も味わう側も生身の人間のうちは形が変わっても必ず残るものがあるものだ。
暇にまかせて余ったハードで98X系のマシンでも組み立ててみようか?と昔のジャンクパーツを出しているところを見て長女。
「夏休みの自由研究?」とは言いえて妙である。