連日午前中だけを目安に会社に行っている。処分する書類、資源ごみ、不燃ごみと分別をし処分するためだ。
書類なども大昔の品質情報とか膨大な図面や標準類をプラスチックのカードケースやファイリングに入れてあるのを全部出して資源リサイクル業者に持ち込んでいる。
雑誌や書籍、段ボールなど再利用できるものは極力活用してもらおうとトラックに積み込んで、3㎞ほど離れたリサイクル業者に持ち込む。すでに5-6回往復、総重量は500㎏を超えている。
A4,B4のカードケースも大げさでなくおそらく1000枚を超えている。
金属も再利用できるものは混成素材でなければためていて、最後残ったものだけは埋め立てということになるだろう。
2年のあいだ、万一何か問い合わせがあればと保管していた資料だが、自分でいうのもおかしいがよほどきれいに処分と引き継ぎをしたのと操業中のクオリティが高かったおかげで、そういう事態はまったく何も起きなかった。
これから後生に持っていてもおそらく意味を持たないと思われる。
懐かしい資料をみては「みんなよく働いたなぁ」と感慨ひとしおではあるが、今となっては無為なこと。世の中はうつろうものである。
歳月人を待たずという。昔は工場地帯だったこの地区も、300mほど離れたバス通りの角のホンダの営業所は撤収して宅地に、西武運輸の大きな車両基地も、郊外に移転した生協病院の跡地も宅地になり、ちょっとした安ものばかりのサブプライムのような状態の住宅地になりつつある。
つぶれたパチンコ屋はホットモットになり。喫茶店のあとはコンビニになり、この2年の間にガラッと様変わりしようとしている。
政府は未だGDPだ失業率だ有効求人倍率だとおもてずらの指標ばかりを追い、底流に流れている大きな社会構造の変化に見て見ぬふりを続けようとしている。
貿易赤字の原因は発電のための天然ガスだけのせいではない。
何かを生み出す努力が必要なのだ。それがほんとうの「国力」というものだろうに。