その時娘を支えてくれたのはC夫妻だった。あの時の事はそうした事情もあって1日1日が特別に、しかも正確に覚えている。忘れられない。彼にとっても特別印象的だったらしい。
ビストロを出て懐かしのお住まいの前まで一緒に貯まった郵便物を取りに歩いて行きお別れをする。氏は築150年前後のこのお住まいを今は修復中で郊外に一時引っ越しておられる。奥さまは認知症の90過ぎの叔母様の介護に行かれていて今回お会い出来なかった。夕方からオペラ座でソーシャルダンスの会に行かれるという。
Ms.C氏とは近いうちに娘がカフェを開く事が出来たら日本に御夫婦二人で来てほしいと伝え、氏も是非と応えて頂いた。「会うは別れの始まり」という。そんな約束事本当に果たせるかどうか?二度とお会いできるものかどうか?娘を可愛がってくれた優しいこの年輩の西洋人男性との遠くて薄いけどアンビリーバブルな「ご縁」をこの瞬間に感じた時、惜別以上の感傷と感謝が込み上げてきて思わず涙腺が弛んだ。
その後娘が働いていたブーランジェ
Maison Landemaine
へ立ち寄ってマカロンを買う。結構人気の店らしく人も多い。カフェエリアもあってこんな人気店で言葉も儘ならなかった娘がよく働いていたのは驚いた。


娘は中学時代、極度の貧血難病で名大病院に入退院を繰り返していた。出席日数が足らず卒業すら危ぶみ勉強のおくれぐらい気にしていられなかった。英語だって成績表を見るまでもない。言葉どおり「生きてさえいてくれたら」だった。それが劇的に高校ぐらいから改善して、卒業、働いた.
フランス語なんか渡仏前に数ヶ月、日仏文化協会の語学セミナーに通っただけで飛び込んでいった世界だ。習うより慣れろの理。いろんな方々の力でここまでやってきたんだと思う。我が娘ながら「たいしたもんだ」といろんな感慨に浸っていた。
通りにはさりげなくアンティークな時計やさんが工房を構えていたりとても古い趣のある地区だ。店を出てオペラ座まで歩き繁華なデパートやユニクロを見てから一駅歩いて娘のお気に入りのペットショップといっても生体は扱わずグッズだけ扱っている所
Waaf&MIaOu
愛犬たちにお土産のリードを買う。ここは日本人のオーナーの店で多分私に近い世代のご婦人が経営されている。海外で働く日本人はみなたいていアウトローで個性が強い。自分も父親が工場経営をしていなかったら似たような冒険に出たかもしれない。

