食と記憶 | 雲の呟き

雲の呟き

流れる雲のように、浮かんでは消えていくものの名残を文字にしています。
「いいね」がほしいわけでは有りません。
「読んだよ」程度のコメントはご遠慮させていただいています。
悪しからず御理解願います。

私が小学校の頃。学校の帰り道、わけもなく空腹で帰り道沿いにたまたまあるお宅にお邪魔し、厚かましくもご飯をいただいたことを覚えている。何を食べたかは思い出せないが、食事をいただいたことそれ自身は鮮烈に覚えている。

このお宅のご夫婦、実は私の父の社員さんで、創業まもないころから参加し、私が社長になってからも65歳の定年を迎えるまで会社を支え続けてくれたご夫婦である。ご主人は鹿児島、奥様は熊本。親どおしの約束で結婚式当日まで一度も会うこともなく、初対面が結婚式だったらしい。お子様はおられず後年、親類筋から養女を迎えられていた。

そのご主人が9月に肺がんで亡くなったとご連絡をいただいた。くしくも去年会社の解散式にご招待して歓談したのが最期になった。会社の興亡と因縁深いものを感じないわけにはいかなかった。

公私にわたってお世話になった。もちろん仕事のときの思い出もたくさんある。なのにどういうわけか冒頭の食事のことが忘れられない。食の記憶というのはそれほど強烈なのではないだろうか?

学習塾の帰り道に1コインで食べられた安いハムカツやコロッケ。焼き鳥やの心臓。それが楽しみで塾に行っていた。後年懐かしくて食べに行ったことがあった。肉やの主人、焼き鳥やの親父さんには申し訳ないが驚くほど美味なものではなかった。が記憶のなかのそれらはこの上なく美味いものに昇華しているのである。

中学時代、学校の売店で毎日食べていたハムサンド、高校時代、学校の目の前にあった焼きそばやでおばさんが忙しいんで、友達たち数人と勝手に焼きそばをドカッと焼いて取り合ってくったことや、大学時代、西門の傍にあっためしやのオムライスなど。

いいことばかりではない。今でも息子が小さいころに好き嫌いをいっていたのを私が厳しく叱ったことからますますその食材が嫌いになったこととか、みんなでお祝いに出かけた外食やさんで会ったトラブルのこととか、苦い記憶も鮮烈なものなようだ。

食育とか食は生きることとよく結び付けられる。毎日毎日何かを食べてみんな生きているわけだけど、一期一会は一期一食。仇おろそかにしてはいけないことは間違いない。