アベノミクスと称する経済政策に対する期待感で踊っていた相場市場がリバウンドを始めた。所詮相場というものは売った買ったで値が決まるだけで価値、評価など当事者次第である。ある人にとってはもらってもいらんと思うものでも違う人にとってはどんなおもいをしても欲しい物かもしれないのだ。
魅力のないものは値が下がり、有るものは高くなる。国の「魅力」というものの指標のいくつかが日経平均であり、円相場なのだろう。
思い起こしてみると株式というのは企業が経営権などをシェアして一般から資金を調達するものだと勉強した記憶がある。つまりはそこの会社の一員になるも同然のはずが転売して利ざやを稼ぐのが過度に横行すると実態を示さなくなるのをバブルだとかマネーゲームだとか言った。
実態が成長して価値あるものにならないと本来相場が先取りしているだけなわけだ。
金融界は一時的な価値の復活に喜んだが集まった金の運用先が無いために国債ばかり買ってきたのではなかったのか?今度はその国債を日銀が買って市中にマネーが回っても魅力的な融資先が国内になければ意味がない。
国内の事業所、特に鉱工業の多くが市場も生産も海外にすでに拠点の多くを持ち出している。トヨタがいくら国内生産の台数を保持するといっても裾のの広かった自動車産業の足元は海外である。タイが大規模洪水でサプライチェーンが滞ったとき国内の工場も影響が酷かったではないか?
コアな部分だけ残してトヨタとそのごく親い大手外注が国内で最終工程に近いところだけ組み上げているに過ぎなくなってきている。
電機に至ってはもっと悲惨な状況になっているようで採算ベースにも持ち込めずソニー、パナソニックなど大量解雇や工場閉鎖が地域経済に及ぼす影響は過酷だ。残っていてもひどい労務管理から体を壊して職場を去らざるを得ないという噂すらある。
しかも国内の市場は物あまりと少子高齢化で消費が伸びる見込みは、よほどのエポックメーキングな技術革新、素材革命でも無い限り掘り起こせない。
市中に回ったマネーの多くが海外投資に向かう気がしてならないゆえんだ。
一番肝心なのは融資先としての魅力に他ならない。事業、企業、行政、ひいては国家の「魅力」が問われている。
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