今日、齢55を数えることとなりました。おかげさまでいろんなご縁に恵まれてたくさんの方々からお祝いのお言葉を頂戴することができました。
55と言えば私が社会人になったころは定年の年でした。実際「人生50年」という戦国時代とは言いませんが70を過ぎても長生きだと思われていた時代です。「余生」というものを考えたときに「55」でも十分お疲れ様ということだったのではないかと想像します。
あれから社会情勢も変わり、寿命も飛躍的にのびたおかげで「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ。」という表現はリアルな時代になりました。
しかし現実には構造的に新卒者でも正規雇用の機会が少なくなって就職浪人まで声高に問題にされる時代に年寄がいつまでも既存の業態や職制にのさばってくだをまいているのはいかがなものかと思います。
私が高校時代に買った吉田拓郎のアルバムの歌に「イメージの詩」というのがあるのを思い出しました。その歌詞の中に「古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう。古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう。なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る。古い水夫は知っているのさ新しい海のこわさを」というくだりがあります。
時代は変わっていくのだ。変えていくのだ。年寄は陸に上がったら持ったことのなかった鍬をもって新しい畑でも耕さないといけないのかもしれません。今日のお祝いはそんな年寄の農夫に「がんばんなよ」って言ってくれたのかもしれません。さて何を作ったらいいものやら?