time line | 雲の呟き

雲の呟き

流れる雲のように、浮かんでは消えていくものの名残を文字にしています。
「いいね」がほしいわけでは有りません。
「読んだよ」程度のコメントはご遠慮させていただいています。
悪しからず御理解願います。

もう15年ほど前にバンドのボーカルだった伊藤君を悪性リンパ腫で失ったとき彼の生きていたことを残したくて慣れないホームページに記録を残したことがある。今は更新もせずほこりを被ったページだがそれでも彼の生きていた証にはなった。亡くなった愛犬のページも作った。あの頃は泣きながら1ページごと写真を整理して苦労して進まなかった記憶がある。

 時代はあれから文字通り劇的に進化してFace Book(以下FB)はブログと同じようにタイムラインで書き残していくと自分がどう考えが変わっていくかとか大げさにいえば生き様を書き残していくことができる。言えばデジタルで複製があり続ける限り孫子の代までどう考えて生きていったのかを記録して伝えることができる自分史になる。

 だからいろんなつまらない事でも書き残していこうと思っている。子供たちがいつか私と同じ世代となり同じように生き方に悩んだとき、辛いことがあったときに自分の父親だったりおじいちゃんになる自分がどう生きていったのか知ってほしいし助けにならないかと思う。

 先週はショックな事がわかった。私がFBを始めたのは2010年の12月の事だった。最初FBは私のOutlookの住所録やメールを検索して友人リストを自動作成する。その中でとても驚いた人物の一人がMartin Joyceというアメリカ人だった。

 彼との出会いは2001年に家族でフロリダのWalt Disney Worldに旅行に行ったときの事である。オーランド国際空港で彼はそのときタクシー・ドライバーをしていた。とても気さくで親しみやすい楽しい青年だった。日本語が話せるといっていたが当時は数える程度のイディオムしか知らなかったようだ。下手な英語の私といい勝負である。数回彼に移動をお願いした。彼にとっては営業だったのかもしれないが私にはめずらしく彼の名刺をいただいていた。その内容を当時outlookに入力していたのだった。

 その彼がFBのリストに上がったときにフレンドリクエストをした。当たり前のように承認してもらい。最近まで申し訳ないことに彼のWallをじっくり読みに行ったことがなかった。

 先週少し友人たちの動向が気になってたまたま彼のWallを読みに行った。そこにはある女性の書き込みがあり「あなたがいなくて残念だ。もう2年にもなるのね」というまさに???な投稿が残されていた。不審に思ってWallさかのぼり始めるとどんどん整合性のとれない書き込みが残されている。思いあぐねてその女性に向けてメールを打った。「彼は健在か?」と。

 すると彼女からの返信で彼が2010年の7月に亡くなったことを知らされた。驚いたことはもっとある。彼女は福岡出身の日本人で彼の奥さんだった。

 事実は小説より奇なりとは使い古された言葉だが、世界は時間はとんでもないつながりを見せることがある。あのときオーランドで彼のタクシーを拾わなかったら、彼が名刺をわたさなかったら、私がアウトルックに入力せずに名刺を捨てていたら、10年の時を超えてFBが登場して自動検索しなかったらこの出会いも喪失も無い。

 彼女は亡くなった彼の友人たちが連絡先を失うことが無いようにFBのプロフィールをたちあげていて私のフレンドリクエストを承認したらしい。そんな彼女は二児の母親でサンディエゴで暮らしている。彼が生きた証を残すために。