佐藤はその光景に、
胸をえぐられるような
衝撃を受けた。
大人が誇りを捨てて盗み、
子供がそれを許す。
この残酷なまでの
「生きようとする執着」こそが、
自分が指先一つで繋いでしまった
未来の正体なのか。
数年後、
佐藤の手元には、
ハワイの通信兵ジョン・ミラーから
届いた手紙があった。
辞書を片手に読み解く
その英文には、
戦火を交えなかったからこそ
通い合う、
不器用な敬意が綴られている。
「サトウ、僕たちの国でも、
君たちを憎む声はある。
平和を守るのは、
戦争を始めるよりずっと孤独で、
忍耐がいることなんだね」
佐藤は返信を書く。
ペンを握る指は、
あの電信を打った時のように、
まだ少し震えていた。
「ジョン、僕の国は
今、
惨めだ。
だが、泥水をすすり、
情けなさに震えながらも、
僕たちは生きている。」
「この、
『生きて、いつか笑う』
という、一見無様な
執着こそが、
僕が守りたかった
宝なのかもしれない」
夕暮れの横浜。
本来なら火の海に
沈むはずだった
古い木造家屋から、
今日も薄い味噌汁の香りが
漂ってくる。
それは決して格好良くはないが、
誰一人欠けることなく
明日を迎えようとする、
必死な人間の生活そのものだった。
「かつては
命を奪い合おうとした者同士が、
不器用な手紙で繋がり合う。
それは、
どんな講和条約よりも確かな
平和の姿ではないか。
そう願いながら
この手紙を書きました。」
第六章:につづきます。
前 作 ▶️ 第四章:不沈艦、泥に沈む
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