北風の強い一日、息抜きに散歩に出る。
雲ひとつない青空。川沿いの大きな建物を囲む生垣に並ぶ椿を楽しむ。
生垣の一面を覆う椿の硬い葉は厚みと光沢があり、奥行きの深い緑色をしている。
椿の花はその一面の濃緑の中に点在し、くっきりとした赤い花弁に囲まれた黄色の蕊がひときわ際立つ。冷たい冬を耐えるにふさわしい凛とした佇まいだ。もちろん白い椿、斑の椿も混ざっているのだが、椿といえばまず赤い椿に目を奪われる。
案外、竹久夢二の意匠が刷り込まれているせいなのかもしれない。
立春を過ぎた時節柄か、歩く足元には開花時の誇らかな表情のまま、赤い椿、白い椿が落ちている。
「落椿」は春の季語。
風に舞うように花弁を散らす桜の、いかにもあわれを誘うあでやかさに比べれば、首を手折られるように萼を残して花全体を落とす椿は無惨と思えるほどに潔い。
椿落ちて昨日の雨をこぼしけり 与謝蕪村
引用句の眼目は椿の花弁に湛えられた雨水を「昨日の雨」と言い取ったところ。
蕪村は南画の大家でもあり、句風をよく絵画的と評されるが、なかなかどうして一筋縄ではいかない。
雨水が落花とともにこぼれるというありふれた情景を、蕪村は「昨日の雨をこぼしけり」と詠む。
その途端、冬から早春へと移ろう時間が赤い花弁と清冽な水のイメージをともなって瑞々しく立ち現れる。語感と調べの冴えわたる一句。「落椿」を代表する名句だと思う。