螢 | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

しばらく前の雨上がりの宵、郊外の小さな川べりでホタルを見た。


足もとを照らすわずかな灯りだけを目印に薄闇の小径を歩くと、水辺の草むらや低木の葉叢の中に淡い緑の光が明滅している。雨を含んだひんやりした大気につつまれ、しばし見入る。やわらかな光は浮遊し、上昇し、ひっそりと消え去り、やがてまた幻のように光を放ちはじめる。


数十年ぶりに目の前に見るホタルの光のうすい緑のはかなさはあまりに思いがけなかった。掌をすりぬけそうなほどに幽かで不確かで捕らえどころがなく、まるで消えるためにだけ生まれてきたように淡い。遠い記憶の中にある、幼い頃見たホタルの光はどれほど健やかに捏造されていたのかと驚かされる。


昏ければ揺り炎えたたす螢籠 橋本多佳子



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