オスカー・ピーターソン | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

ジャズ・ピアノの巨人の一人、オスカー・ピーターソンが亡くなったのは昨年の12月23日。

もうすぐ1年になる。


まだジャズ喫茶が街にいくつかあった学生の頃、ジャズを全く聴いたことのなかった私のアパートをある先輩が一日一枚、ジャズのLPレコードを持って訪ねてくれた。その人は解説めいたことは語らず、まあ聴いてみな、というように一枚ずつレコードプレイヤーに載せ、聴かせてくれた。チャーリー・パーカー、バド・パウエル、クリフォード・ブラウン、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン…。モダンジャズの歴史を順に追うように聴かせてくれたLPのどれもが新鮮で、驚きの連続だった。


その中のひとつに一度で強烈な印象を残したピアノトリオのLPがあった。驚異的な速度で繰り出されるアドリブのフレーズを、唖然とするほど正確な打鍵で繰り出す信じられないピアニスト、それがオスカー・ピーターソンだった。彼は、どのナンバーでも魔法のようなアドリブをしゃがれた鼻歌を歌いながら余裕でこなしていた。

ペイルグリーンのLPジャケットの中央に、肩越しに斜に撮られたバストショットのオスカー・ピーターソンの写真があった。短髪に刈り上げ、長い煙草をくわえた横顔。額を流れる一筋の汗と見上げる鋭いまなざしは強面の不良壮年、その後の大らかで陽気なピーターソンのイメージと少しちがう。彼のアドリブはどの楽曲でも明快な“歌”であり、強靭なスイングのリズムはクセの強い外国煙草の匂いのようにいつまでも身体に残った。


脚本家・太田愛のブログ-オスカー・ピーターソン
『The Sound of the Trio』、邦題は『ロンドンハウスのオスカー・ピーターソン』。61年7月、シカゴのロンドンハウスでの録音で、レイ・ブラウンのベース、エド・シグペンのドラムス、そしてオスカー・ピーターソン。後に、“黄金のトリオ”による伝説のライブだったと知る。今ではこの時の演奏はコンプリートCDとして発売されている。



しばらくしてお気に入りのミュージシャンは他に移り、彼のアルバムを聴く機会は少なくなった。だが、あれこれ聴くうちに彼のピアノがどれほど抜きん出ていたかを思い知る。今でも彼のピアノが聴きたくなると、まず『The Sound of the Trio』だ。たとえば「On Green Dolphin Street」。オスカー・ピーターソンは誰よりも繊細に軽妙にゴージャスにこの美しいナンバーを弾く。彼はまるでモーツァルトのようにジャズを弾いている、と思う。