刑事コロンボ 女性の犯人たち①『秒読みの殺人』 | 脚本家/小説家・太田愛のブログ

コロンボシリーズには登場する女性の犯人たちは、しばしば男性の犯人とは異なった描かれ方をしている。それがよく表れているのが「動機」で、男性犯人の多くが権力欲や自尊心に突き動かされて犯罪に走るのに対して、女性たちの動機には少し複雑な陰影がある。

たとえば『秒読みの殺人』では、テレビ局の有能なチーフアシスタントであるケイという女性が、上司である支社長・マークを殺害する。動機は、公私ともにパートナーだと思っていたマークがひとりだけニューヨークに栄転し、しかも自分の後任の支社長としてケイを推薦するつもりがないとわかったからだ。これだけなら「昇進」と「裏切り」という至ってシンプルな動機に見えるのだが、実際の物語はもう少し微妙に描かれている。


まず、ケイが殺害を決意する場面。二人が海岸にあるマークの別荘で一夜を明かした朝、マークはNY栄転とケイを推薦する意志がないことを彼女に告げる。すでに大枠の動機は成立しているが、ここに小さなエピソードがはさまれる。

朝の光の差し込むサンルーム。マークはいきなりケイのトマトジュースのグラスをテーブルに落とすと、砕けた硝子片の中から真新しい車のキイを取り出す。彼は別れの際のささやかな贈り物として、Kのナンバーをつけた新車を用意していたのだ。そして、マークはこう言う。

―君に見つけてほしかったんだ

この瞬間、ケイが傾けてきたマークへの献身と信頼と愛情は、一台の高級車と等価に引き換えられる。言葉を失ったケイの表情を、無情なカメラは逃がさない。しかもマークは飲み物に放り込んだキイを見つけさせるというサプライズパーティもどきの稚拙な趣向で、ケイを喜ばせられると心底、思っていたわけだ。もしかしたら、この時、あらわになったマークという男の「無邪気な鈍感」こそケイに殺害を決意させた真の動機だったのではないか。そう思わせるに充分なほど、このシーンの演出には絶妙のニュアンスがある。


『秒読みの殺人』には、もうひとつ印象的な場面がある。

深夜、小さな廃屋をケイがひとり訪れる。狭く薄汚れた室内に粗末な家具。華やかなTV局のオフィスやスタジオとは対照的なその場所は、実はケイの生家だ。彼女が貧しい生い立ちから這い上がってきたことを一目で絵で見せる見事なシナリオだ。やがてコロンボが現れ、二人は蝋燭の明かりの中で語り合う。ここでの二人の会話の中心も「動機」だ。コロンボは、あなたは昇進だけでは殺人を犯さないと言い切り、彼女に私的な動機があるはずだとほのめかす。
ケイは強い女性だ。だからこそ逆境に屈せず、ここまで這い上がってきたにちがいない。次第に明らかになっていくケイの物語を知るうちに、彼女の動機をひと言で要約するのは難しくなってくる。


ふと思い出すのは、江國香織さんの小説『綿菓子』の中の「女は哀しい」という一節だ。これは『綿菓子』の主人公の少女みのりが、中学一年生にして早くも呟いてしまうフレーズだ。ケイに限らず、コロンボシリーズの女性犯人たちの多くは、どこかに哀しみがある。

女性犯人といえば、もうひとつ忘れられないのが『黄金のバックル』だ。これはまたいつか、書く予定。