目の前に好きな人がいるとする。その人から「あなたは私のどこが好きですか?」と訊かれたとする。「あ、どこもここも好きで……」と答えに窮する。いきなり何を言い出すのか!? と思われるむきもあろうが、何が言いたいかと言うと、好きな映画について書こうとすると、いつもこんな感じになってしまい『シネまんだら』のコーナーに今まで一本もアップできなかったの、という言い訳がしたいわけだ。ブログを始めた当初は、ホームページの『お気に入り』のコーナーにズラズラと書いている大好きな映画について一作品ずつ書いていこうなどという野望を抱いていた私だった。(HP『お気に入り』コーナーは→こちら )
ということで、今日は先日WOWOWで観た『バニー・レイクは行方不明』について。この作品は65年のイギリス映画で、監督はオットー・プレミンジャー。タイトルどおり、幼い女の子バニー・レイクの行方不明を題材にした傑作スリラーだ。物語はジョディ・フォスター主演の『フライト・プラン』とよく似た骨格で、元ネタ(?)との噂も漏れ聞く。
オープニングクレジットから実に凝っていて完全にもっていかれるのだが、デザインを手がけているのは『めまい』や『北北西に進路を取れ』などのヒッチコック作品でもよく知られるソウル・バス。抜群にカッコいい。いやがおうにも高まる期待の中、まったく台詞のないファーストシーンから本編が始まる。クレーンを多用した長めのショットのモノクロ撮影が不安感を醸してすばらしい。
当時の映画は1ショットの長さが平均10秒前後。短いショットを積み重ねてシーンを構成する。ところが、この映画は1ショットだいたい20秒くらいなのだそうだ。息をつめて画面に見入ってしまう緊迫感がある。調べたところ、キャメラマンのデニス・クープは、この作品で英国アカデミー撮影賞を受賞している。そういえば、この人はリチャード・フライシャー監督の『10番街の殺人』でもとても“怖い”撮影をしていた。(ちなみに、ソウル・バスのデザインした『バニー・レイクは行方不明』のポスターがバスのウェブサイトで見られます→こちら ちょっと探しますが、バスのいろいろな作品が見られて楽しいサイトです)
ところで、『バニー・レイクは行方不明』が制作された60年代は、ニューロティック・スリラーと呼ばれるジャンルの映画がたくさん作られた時代といわれている。ニューロティック・スリラーというのは、精神分析をベースに登場人物の深層心理にある不安や妄想が犯罪や超常現象の要因となっていくタイプのスリラーだ。
そういうタイプの映画で印象に残っているものは……と思い返して見ると、ジャック・クレイトン監督の『回転』が61年、ロバート・ワイズ監督の『たたり』が63年、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』が64年と確かに傑作ぞろい。ところで、ヒッチコックは戦前の1940年にすでに『レベッカ』を撮っており、45年に『白い恐怖』、58年に『めまい』、60年にはすでにあの『サイコ』を撮っているのだから、本当にとんでもなさすぎる人だったのだと改めて驚く。
『バニー・レイクは行方不明』は、そんな数々の傑作に並ぶ飛びっきりのスリラーで最後の最後まで怖くて面白い。プレミンジャー監督の演出は徹底的に目で見せるもので、細部まで巧みだ。幼い娘を探す主役のキャロル・リンレイは線の細い、いかにも壊れやすそうな女性にピッタリだし、兄役のケア・デュリアはあの『2001年宇宙の旅』のボウマン船長で、これまたどこか怖くも見える。他にも脇にヘンな俳優をいろいろ配置して面白い。
ただ、とてつもなく残念なことに、この映画、日本ではDVD未発売だ。それを知って「なぜ…?!」としばし絶句してしまった。DVDを売る関係の方、これ、発売してください。お願いします。
おそらく再放送があるはずなので、その時はブログで告知しますので、みなさまどうかお待ち下さい。
最後に余談。オットー・プレミンジャー監督の作品には44年に『ローラ殺人事件』という映画がある。有名デザイナーのローラ・ハントが猟銃で顔を撃たれて無惨な死体となって発見されるという発端をもつこの秀作ミステリーに触発されたのが、あのデヴィッド・リンチ監督。それで「ツイン・ピークス」を作った時に「ローラ」の名を引用したとか。