先日、ジョン・エヴァレット・ミレイ展に行ってきた。ミレイは、ロセッティ、ホルマン・ハントらと共に19世紀中頃の英国ヴィクトリア朝時代に活動したラファエル前派の画家の一人。ラファエル前派の作品には個人的にお気に入りが多く、また彼らに影響を受けたバーン=ジョーンズやウォーターハウスも好きな画家だ。そのミレイの本格的な回顧展ということで、以前から楽しみにしていた展覧会だった。
二十代の作品から晩年の作品まで集められており、作風も大きく変貌していることを今回、初めて知る。まだミレイが若い頃、同時代の詩人パットモアやテニスンに題材をとった「木こりの娘」「マリアナ」、聖書の挿話を描いた木版画、それに晩年、スコットランドの風景を描いた「露にぬれたハリエニシダ」など印象深い絵がたくさんあったが、やはり何といっても傑作「オフィーリア」が凄い。
(Bunkamura・ザミュージアムのサイトで、主な作品の画像が見られます)
「オフィーリア」は図録の表紙にもなっているミレイの代表作、というよりラファエル前派の絵画の中でも傑作中の傑作といわれている作品だ。描かれているのはシェイクスピアの戯曲「ハムレット」第四幕七章で、ハムレットの恋人オフィーリアが純真なあまり心を病み、きれいな花環を作ろうと枝にのぼって小川に落ち、溺死してしまう場面。
細密に描かれた花々と鮮やかな緑に囲まれて小川の流れに浮かぶオフィーリアは、あたかも水の柩に収められているかのような静謐な美しさだ。水面を覆うように木の幹を描き、前景に緑の藻を広げた小川の流れを間近から見つめるミレイの視点は、あえて空間を狭めてとらえているように思える。それが、親密な植物によって閉ざされた墓所を思わせ、オフィーリアの無垢な亡骸はゆるやかな流れに運ばれて自然の循環の中へと戻っていくように思えてくる。
展覧会には、「オフィーリア」を描く前の習作も並べて展示されてあり、その中のオフィーリアは別人の顔をし、怖れに近い感情を浮かべていたのに驚いた。図録によると、習作の後、本作に取りかかる時、ミレイが希望してエリザベス・シダルという女性にモデルを依頼し、実際に浴槽に横たわってもらって描いたのだそうだ。(エリザベスは、後のロセッティ夫人とか。この絵のモデルを務めて風邪をひいてしまったという逸話も残っているらしい)
ミレイ展は10月26日(日)まで、渋谷文化村のザ・ミュージアムで。興味のある方はぜひ。
さて、久しぶりの美術館に充実した気持ちで帰途に着き、調布の「鈴木」で鰻。ブルース・スプリングスティーンの流れる店内で、ほんとに美味しい鰻をいただき、おなかも充実して帰宅する。