ホームズ №1 赤ら顔とサンドイッチ | 脚本家/小説家・太田愛のブログ


小学生の頃、夢中になって読んだ児童向けホームズ全集で、不思議に満ちた事件や鮮やかなホームズの推理とともに印象に残っていることが二つある。


ひとつめは、しばしば出てきた「赤ら顔」の男。今、思えば、階級社会であるイギリスのたくましく日に焼けた労働者、あるいは酒焼けした男というところなのだろうが、初めて「赤ら顔」に出会った小学生女児の中では「赤ら顔」=「真っ赤な顔」とズバリ「赤鬼」のような強面のイメージが出来上がってしまった。おかげで、「赤ら顔」の男が登場すると、それだけで凶悪な匂いがたちこめて物語そっちのけで恐かった。


で、もうひとつが「サンドイッチ」。事件が佳境にさしかかり、いざホームズ、ワトソンそろって犯罪を暴きに出陣という段になると、しばしばホームズがこんなふうに言うのだ。


「まあ待ちたまえ、ワトソン君、出かける前にひとつ腹ごしらえだ」


そんな時、決まってホームズとワトソンが食べていたのがハドソン夫人にこしらえてもらったサンドイッチだった気がする。おぼろな記憶なので、きっと妙にそこだけ印象に焼き付いているのだろうが、当時、まだちょっと御馳走感があったサンドイッチで、ホームズが無造作に「腹ごしらえ」するのだ。そういう時の空想のホームズの姿は、あざやかな推理を閃かせる時とは違った、どこか豪快でタフな男のイメージで、これから危険な世界に出て行く冒険物の主人公のようだった。


のちに知ったことだが、あの頃、自分が読んだポプラ社の「ホームズ全集」の訳者は山中峯太郎氏。山中氏といえば、昭和初期『少年倶楽部』で「敵中横断三百里」「大東の鉄人」を執筆され、少年少女向けの冒険物も多く書かれている。もしかすると、山中氏のアレンジの中にもそんな冒険物の雰囲気をさそうものがあったのかもしれない。


ちなみに、山中氏訳の児童向けホームズ全集のタイトルをあらためて調べてみてみると、もちろん原題通りのものもあるが、「火の地獄船」「スパイ王者」「黒蛇紳士」「夜光怪獣」「怪盗の宝」など凄そうなものが続々、出てくる。後年、新潮文庫で読み返したホームズシリーズのどの作品が、どのタイトルに当たるのか結びつかず、しばし愕然とするほど強烈だ。もちろん、これらの強烈なタイトルが、小学生の心をわしづかみ、胸躍らせたことは言うまでもない。


あの頃、布団の中で一心に読んでいたホームズ、やはり気分はまさに冒険物だったのだ。