たまたま出会ったウィリアム・ブレイクの一編の詩がある。



ブレイクは18世紀の詩人、画家なのだが、私は全然知らなかったし、今もたいして知らないのだが。



その詩というのは、「Auguries of Innocence(無垢の予兆)」の冒頭部分。


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To see a World in a Grain of Sand
(ひと握りの砂に世界を見、)


And a Heaven in a Wild Flower,
(野の花一輪に天国を見る)


Hold Infinity in the palm of your hand
(あなたの手のうちに無限を握りしめ)


And Eternity in an hour.
(ひとときのなかに永遠を握る)
 
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(『対訳 ブレイク詩集ーイギリス詩人選(4)』松島正一編、岩波書店より引用)



なんかいいなぁと思ったんだよね。
 


ゆめみるこぎん館のテーマは
「ひと針に無限をみる」



この言葉は、ブレイクの詩からインスピレーションを得たものなのだ。






私が民藝運転の柳宗悦の思想に感銘を受けたのは、ブレイクの詩に出会ってからだった。



柳がブレイクの研究書を著していることを知って驚いた。



ブレイクと柳の接点。



私は民藝には何かある、こぎん刺しにも絶対に何かあると直観した。



なにって、どう生きるのか、ということだと私は思っている。



こぎん刺しとは、生き方なのだ。






『別冊太陽 日本のこころ294 柳宗悦』(2021年、平凡社)に、柳宗悦について分厚い本を著しておられる佐藤光氏のエッセイが掲載されていた。



「見る眼は知る心よりも勝る」ー柳宗悦の民藝とブレイク研究
というタイトルの文章だったが、大変示唆に富んでいた。



文中に柳の「見テ 知リソ 知リテ ナ見ソ」(『心偈』)という言葉が出てくる。



「まず、見て、それから知る、というのが順序であり、これを逆にしてはならない、と柳は解説し、『直観は凡てを解放するが、知識は凡てを限定する』と述べた」と。



「見テ 知リソ・・・」は拙著『ゆめみるこぎん』にも引用させていただいた。



佐藤氏の解説により、この言葉が生まれた背景を知ることができた。



つまりは、世間一般の常識じゃなく、自分の眼で見たこと、経験したこと、心が感じたことが真実だろ!ってことだ。



自分の見る眼を貫いた柳が発見した民藝品の数々。



こぎんも柳の御眼鏡にかなったということだ。



こぎんには真実の美があるのだろう。


・・・


私が柳を理解しているかと言えば、決してそうではないだろうが、、これからも折に触れて、柳の言葉と民藝の品々を感じていきたいと思います。


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青森県弘前市岩木地区です。





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※17日(月)10時〜予約ありのためNG
他、空いてます✨(1月4日現在)

◆ご予約は石田舞子の携帯090-5194-1278か、
メール maikoishita@gmail.com まで。

◆住所:青森県弘前市高屋字本宮453-1





◆入館料:1000円(税込)
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◆アクセス
弘南バス


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