中身は、いつだって、この私。 -27ページ目

中身は、いつだって、この私。

子育てもひとだんらく。そろそろ人生、折り返し地点。
「やれるときに、やっとけ!」という父の遺言を胸に、やり残したことを消化することに全力を注ぐ、私の悪あがき日記。
次、何しよっかな~

久しぶりにひじきの煮物をした。


たまに無性に食べたくなる。


料理嫌いの母が、私と兄が小さなころ、よくひじきの煮物を作ってくれた。


我が家には北海道に親戚が居て、その頃毎年、立派な新巻鮭、スジコやイカの粕漬け、その他の海産物をたくさん送ってくれていた。

どの品もとても上等なものばかりで、でもそんなことは小さな子供の私たちにわかる訳もなく、それがわかったのは、その親戚が亡くなって、自分たちでスーパーのイカの塩辛を買って食べたとき。「え?何でこんなにおいしくないの?不良品?」と本気で不思議に思った。にひひ


それはさておき、そういう事情で、家にはいつも、上等の乾燥ひじきもたくさんあったらしい。

とても美味しく、大好きだったのを覚えている。


それが大人になってその話を母にしたら、母は、苦笑いして、

「あーあれね、あのころ、お金が無くてね。お金が無くなると、ひじきをたくさん煮て、お腹を膨らませてたの!あなたたち、ひじき好きだったから、それだけで喜んで、助かったわぁ~~」


衝撃的叫び

あーそう言えば、お金無かったな~ 幼心にも何となくわかった。


その頃は、おにぎりを作って、シーズンオフの海辺に遊びに行ったり、無料の子供博物館に行ったり、両親なりに頭をひねり、出来ることを探してくれてるのを感じた。だから、お金が無くて悲しい思いをしたことはあまり無かったけど、ウチの仕事が軌道に乗ると、遊園地や、一泊旅行、ファミレスにもよく行くようになって、今までしなかったことをし始めたので、当時はお金が無かったんだろうな、と思う。


と、いうわけで、母のひじき煮は、節約料理だったわけで、にんじん、油揚げの他に、ちくわが入っていた。

「ちくわは安かったから」と母は言うが、これが本当においしい。

私のひじき煮のイメージは、この竹輪からの出汁の味が必須。


「嫁姑料理対決」の記事で書いたが、私は特に母の味にこだわっていないので、味噌汁のみそだって、すぐ変えちゃうし、姑の料理もおいしい。

だけど、このひじきだけは、ちくわをどうしても入れる。

旦那があまり練り物を好まなくても入れる!にひひ

もうすでに節約のためではないので、なんならたまにちょっとだけ良いちくわを入れる。(鱧入りとか)

あーうまい!!!


これはおふくろの味?

そうなのかなあ?おふくろの味って言うのは、小さなころから慣れ親しんだ味が、無条件に好きな味になる、というイメージがある。


だから、世の料理好きの奥様達は、タイムスリップして幼少期の旦那さんに自分の料理の味を刷り込むわけにはいかないから、、「おふくろの料理のほうがウマい!」と言われると、もうどうしようもない気がして、腹が立つのだと思う。


だけど本当にそうかな?

私は、生姜焼きを、毎回違うレシピで作ってみるのだけど、先日、

「こ、これだっ!私の求めていた生姜焼きはっ!!!ラブラブ!DASH!

というレシピを発見した。(ホントの料理好きの方なら、一発で自分の好きな味に調節出来るんでしょうけど・・・・・・。あせる

でもこのレシピ、母の生姜焼きとは似ても似つかない味。

母の生姜焼きは、醤油と酒で味付けし、甘味のない、さっぱり味。
私の発見したレシピは、みりんや砂糖の入った、少しとろみのある甘辛のたれ。

それがビックリするくらい、どストライクな味。


え、じゃあ、私、一体いつ、この味を好きになったのだろう????

やっぱりおふくろの味なんて、無いんじゃないの? お母さんの料理が、たまたま好きな味だっただけじゃない?


味覚は、小さなころからの刷り込みだけでは説明がつかない。

どうでもいい話だが、個人的にとても面白いので、もうちょっと書きます。ニコニコ音譜