米大リーグシアトル・マリナーズに入団した菊池雄星が渡米した。
いわゆる、本格渡米である。
視察に行くとか、トレーニングとか、ポストシーズンに招待されたとかではなく、彼は向こうの人になる。
思えば、初めて会話を交わしたのは、2009年の春だった。
センバツ大会。その2年前の夏にも甲子園にはお互いいたけど、会話をすることはなかった。
知人のスポーツメーカーの方が花巻東の担当だったから、いろいろ事前情報を聞いていた。
投げる球もすごいけど、人間性に優れている。トイレ掃除や日常生活にもしっかり取り組む怪物である、と。
当時の僕は関西在住で、トイレ掃除とか、人間性として大事なことととかの勉強をし始めていた時だった。そして、黒田博樹さんがメジャーに行った直後のオフに取材をさせてもらっていたから、日本の野球について考えを改めていた(前年、夏の決勝の戸狩事件もあった)。
メジャーの球団が本当に獲得する気満々だ、とも知人のメーカーの人は言っていた。
センバツ前の甲子園練習から、花巻東と菊池雄星を見に行った。
今となっては多くが取り入れている花巻東のカバーリング練習には感動したものだ。
そして、左腕。
トイレ掃除について、聞いたのが、最初の質問だった。
そして、カコミ取材の終わりに交わしたのが、こんな会話だ。
「日本を美しくする会の鍵山秀三郎さんは知っていますか?」
「いえ、知らないです」
「トイレ掃除の大切さなどをおっしゃられている人で、本をいくつか出しているんですよ」
「そーなんですか。今度、探してみます」
まだ、あの大フィーバーを起こす前のことなのだが、驚いたのはこの後だった。
センバツは準優勝。その喧騒も冷めやらぬ、6月某日。知人のメーカーの方が、花巻東に行くというので、甲子園練習でのやり取りを伝えた。すると、その知人が、『じゃ、僕、鍵山さんの本を買って持っていきますね』と向かったところ、菊池雄星は、すでに鍵山さんの本を読んでいたのだ。
こんな高校生いる?
昨年、大阪桐蔭の根尾昂で、「高校球児と読書」が話題になったけれど、本当の先駆けは、菊池雄星だった。
それが最初。
とはいえ、カコミ取材の中なので、僕が名を名乗ったわけでもなく、数多くいる記者のうちの一人でしかなかった。氏原英明として、本当に会ったのは、プロ1年目のオフ、大阪府にある視覚情報センターでした。眼の検査のあと、食事を一緒にさせてもらった。
そして、翌年、菊池雄星がプロデビューするわけだけど、その2日前に、インタビューした。
30分ほどだったけど、「大谷を見に行ってください。どっちもすごいみたいなんで」と後輩思いのコメントをしていたのを覚えている。そして、2013年1月に、僕が関東に活動拠点を移してからは、ほとんどの試合を観戦取材するようになった。
僕にとっては、週1回の楽しみが菊池雄星の登板になったけど、正直、学ぶことばかりだった。
ライター魂というのか、どうしても、毎回見たくなり、この4年くらいは、ビジターにまで見にいくようになっていた。いろんな人から「毎試合行っていたら、お金かかるでしょ」と言われてりもしたけど、それの何倍以上もの経験をさせてもらった。
一つは、菊池雄星の登板を見ているけど、毎週最低1試合でもプロ野球を見に行くわけだから、単純に、野球の勉強になった。
関西にいた頃なんかはアマチュアがメインで、プロはちょこっと見にいく程度だった。それが週1回はプロ野球を見にいくようになった。菊池雄星の登板日当日は、試合前に話してはいけないっていう不文律があるし、彼ばかりを取材するわけではない。西武ライオンズというチームをしっかり取材できたし、僕の場合は、メットライフドームだったら、ビジターチームにも気になる選手や顔見知りの選手がいたら練習から見にいった。
例を挙げると、ロッテなら荻野貴司や中村奨吾、角中勝也、楽天だと、枡田慎太郎、西田哲朗(途中からSB)、森雄大、日本ハムだと西川遥輝や中田翔、オリックスだと、藤井コーチ(SBの時も)山崎福也、本屋敷トレーナー(途中から阪神)、巨人だと小林誠司や吉川大幾、岡本和真、中日だと大野雄大、柳裕也、DeNAだと山崎康晃、筒香嘉智、阪神だと藤浪晋太郎などなど。
特別に仲がいいわけではないんだけど、なんか気になっちゃうので、様子を見に行く。向こうから気づいて挨拶してくれる時もあるけど、別にそれを求めて行っているわけではなく、どんな表情かを見に行っていた。気がつけば菊池雄星の登板じゃないときにも、プロ野球の取材に行くことが増えていた。
そうなったのは、週一回は球場に行くという動機があったからだった。
そして、何より、菊池雄星の成長をそばでみれたのは大きかった。
いわゆる、エースと言われる人が世の中には何人もいるけど、そういった選手が、自分のポジションを得ていくまでの過程を見たことがなかった。普段の取材で接している穏やかな菊池雄星が、近寄りがたいくらいの雰囲気を醸し出すようになるまで、その瞬間瞬間を見れたのは、本当に勉強になった。
最初からスーパースターになったやつなんていない。
世間的にはそう見えても、それぞれに苦悩があり、彼らにしかわからない境地がある。
よく、有名になった選手に対して、
「あいつは態度が大きくなった」
「立場が変わって人間が変わった」
などと悪評を流す人がいるでしょう。去年も、ある球団のエースの似たような悪評を聞いた。
多分、それは事実じゃない。
エースとか、球界を代表するような選手は、彼らなりに苦労してる。そして、その山を乗り越えていくうちに、それまでの精神じゃない境地をつかんでいくんだと思う。ものすごいところで勝負して打ち勝って行ったから、そういった人間は、おそらく見える景色が広がっていくのだと思う。つまり、いろんなものが見えちゃう。
階段の上から下はみれるけど、下から上は見ることが出来ない。
それと同じで、いろんなものがみえてきた人からすれば、1点しかみていない人と話があわなくなってくる。
もちろん、菊池雄星は、階段を降りてくる優しさを持ち合わせているけど、彼がいろんなものを突き破っていく姿を見つめながら、すごくなっていく瞬間を目の当たりにしたのは、本当に貴重な体験だった。
アメリカに渡り、さらに厳しいところに挑戦することで、彼の精神性は、さらに、たかいところにまでいくはずである。
そして、もう一つ気付かされたことがある。
去年の暮れ辺りから、菊池雄星を掘り下げるべく、彼の周囲の人間を当たっている。高校の恩師はもちろん、各パーソナルトレーナーさんたちのほとんどと会ってきた。
いわば、たくさんの関係者に取材して、菊池雄星がこれまで語ったことの裏を取っていくんだけど、取材をすればするほどに、真実が見えてくる。
それで思った。
これまでの取材の仕方を改め直さなければいけないんじゃないか、と
取材って、読んで字のごとく、材料を取るわけだけれど、本来、記事を書くためにすることというのは、ただ本人の話を聞くだけじゃなくて、周囲に当たって、本人にも当たって、という工程を繰り返しながら、人をあぶり出していく、真実にたどり着いていく。
そういうものなんだけれど、
今、ご存知のように、ネット社会。
「情報が簡単に得られる」と言われるけど、そうじゃない。情報を簡単に得ようとしているだけなんじゃないか、と。
麻痺してるって思った。
ネットは「読ませる」のではなく「読まれる」のが勝負だ。
いわば、何かのフックにかけて、読まれればいい。
真実の裏には無数の情報が隠されているけど、そんな情報をかき集めていたら「読まれなく」なる。
だから、みんなうまいこと、世間が納得するような文体にして、さも、これが全て真実だというように書いている。
早く、そして、上手く書いたもの勝ち。真実ではない!ということではないんだけど、もっと深いものがあっても、そこには目を向けようとしないのだ。
これは誰が悪いとか、ネットメディアとか、あの媒体が・・・・とか、そんな話をしているのではない。
みんながみんな、そこに気づけなくなっているんじゃないかって思った。
菊池雄星を深掘りしていくうち、自分の甘さを痛感するしかなかった。
あんまり大きな声では言えないけど、よくこの程度の取材で書いていたな、と。
菊池雄星から学んだこととして、最後に記しておきたい。
この6、7年は本当に多くのことを勉強させてもらった。
数え切れないほどのスポーツシーンに出あえたし、人が成長していく姿を見ることができた。また、昔、関西にいた時に、いろんな先生が与えてくれたヒントの答え合わせを菊池雄星を通して、させてもらったようにも思う。
そして、ライターとして、ジャーナリストとして、まだまだ勉強していかなければいけないなと思った。
僕に宿題を置いて、彼はアメリカへ挑戦の旅へ向かった。