球数制限に関する議論が活発になってきた。

 

 発端は昨年の12月に新潟県高校野球連盟が「春季大会からの球数制限導入」を発表したからで、その後、日本高野連の横槍が入ったり、DeNAの筒香嘉智選手が新潟県の姿勢を評価したりと、、、、今も、多方面で議論がされている。

 

 そんな最中、こんな記事が出た。

 

 第91回センバツを前に/1 球数制限、監督75%「反対」

 

 センバツ出場校に球数制限の是非を問う記事で、どういうケースで質問をされたか分からないが、昨年、スポーツ界でいろんなことが起きて、個人を大切にすることについてが問われたのに、昨夏の甲子園で、吉田輝星や山口直哉投手の球数があれほど騒がれたのに、75%が反対するという事実に違和感を持った人もいたかと思う。

 

 しかし、正直いうと、この結果に、僕はそれほど驚いていない。

 

 高校野球の指導者の現状は、こんなもので、まだ球数制限については、古い考えを持っている人が多い。残念だけど、これが現状と言わざるを得ない。高校野球をきっちり取材をしていればわかることで、目くじらを立てて怒るようなことでもない。

 

 僕はこの問題について、いつも訴えてきたのは、環境をどう変えていくか。「風土」といったらわかりやすいかもしれない。

 

 神社仏閣に行ったら、誰もポイ捨てをしないように、その場の空気が人を動かすということが、この世の中にあると思っている。今ある高校野球の風土は選手の体を守るという観点より、勝つことに重きが置かれているから、それを変えることで大きな変化が生まれるのではないかと思っている。

 

 そのために何をするべきかというと、これはひとつじゃない。

 球数制限も一つになるし、それ以外に、高校野球の各大会制度の見直し、プロを絡めた、新人選手獲得に関する制度改革からポスティングシステムに至るまで、抜本的に変える必要があると思っている。

 

 高校野球の指導者が甲子園に出場することや勝つことだけではない評価が得られるような仕組みを作る必要がある。そうしていくことで、風土は変わる、と。

 

 しかし、それにはものすごく時間がかかることだというのは、実際問題として感じている。

 一番最初にできるのは、おそらく、球数制限だろうけど、センバツ大会のあり方を変えたり、各府県大会のリーグ戦導入や夏の地方大会の早期開催、サッカー界のトレーニンコンペセーションの導入などまで進めていくことになると、ものすごく大変だなぁと思う。

 

 そう思えば思うほどに、本当に新潟県はすごいなと思う。

 

 今回の県高野連が発表した球数制限導入に対して、ほとんど反対意見がなかったというから、それはここ数年だけのことではなくて、長い年月をかけて、風土を変えてきたという取り組みがあってのことだろう

 

 夕刊フジに、友人の片岡記者が書いた、新潟高野連の会長のインタビューがあるけど、これを読んでも、新潟県の風土が、トップからプレイヤーズファーストの方に向いているのがわかる。

 

 改めて、新潟県がこれまでにしてきたことについて、敬意を表したい。

 

 それと同時に、僕たちも諦めてはいけないと思う。

 

 新潟県が示してくれたことを胸に刻んで、高校野球界全体が新潟県に追いつけるような、風土つくりをしていかなければと思う。

 

 米大リーグシアトル・マリナーズに入団した菊池雄星が渡米した。

 

 いわゆる、本格渡米である。


 視察に行くとか、トレーニングとか、ポストシーズンに招待されたとかではなく、彼は向こうの人になる。

 

 思えば、初めて会話を交わしたのは、2009年の春だった。

 

 センバツ大会。その2年前の夏にも甲子園にはお互いいたけど、会話をすることはなかった。

 

 知人のスポーツメーカーの方が花巻東の担当だったから、いろいろ事前情報を聞いていた。

 

 投げる球もすごいけど、人間性に優れている。トイレ掃除や日常生活にもしっかり取り組む怪物である、と。

 

 当時の僕は関西在住で、トイレ掃除とか、人間性として大事なことととかの勉強をし始めていた時だった。そして、黒田博樹さんがメジャーに行った直後のオフに取材をさせてもらっていたから、日本の野球について考えを改めていた(前年、夏の決勝の戸狩事件もあった)。

 

 メジャーの球団が本当に獲得する気満々だ、とも知人のメーカーの人は言っていた。

 

 センバツ前の甲子園練習から、花巻東と菊池雄星を見に行った。


 今となっては多くが取り入れている花巻東のカバーリング練習には感動したものだ。

 

 そして、左腕。

 

 トイレ掃除について、聞いたのが、最初の質問だった。

 

 そして、カコミ取材の終わりに交わしたのが、こんな会話だ。

 

 「日本を美しくする会の鍵山秀三郎さんは知っていますか?」

 

 「いえ、知らないです」

 

 「トイレ掃除の大切さなどをおっしゃられている人で、本をいくつか出しているんですよ」

 

 「そーなんですか。今度、探してみます」

 

  まだ、あの大フィーバーを起こす前のことなのだが、驚いたのはこの後だった。

 

 センバツは準優勝。その喧騒も冷めやらぬ、6月某日。知人のメーカーの方が、花巻東に行くというので、甲子園練習でのやり取りを伝えた。すると、その知人が、『じゃ、僕、鍵山さんの本を買って持っていきますね』と向かったところ、菊池雄星は、すでに鍵山さんの本を読んでいたのだ。

 

 こんな高校生いる?

 

 昨年、大阪桐蔭の根尾昂で、「高校球児と読書」が話題になったけれど、本当の先駆けは、菊池雄星だった。

 

 それが最初。

 

 とはいえ、カコミ取材の中なので、僕が名を名乗ったわけでもなく、数多くいる記者のうちの一人でしかなかった。氏原英明として、本当に会ったのは、プロ1年目のオフ、大阪府にある視覚情報センターでした。眼の検査のあと、食事を一緒にさせてもらった。

 

 そして、翌年、菊池雄星がプロデビューするわけだけど、その2日前に、インタビューした。


 30分ほどだったけど、「大谷を見に行ってください。どっちもすごいみたいなんで」と後輩思いのコメントをしていたのを覚えている。そして、2013年1月に、僕が関東に活動拠点を移してからは、ほとんどの試合を観戦取材するようになった。

 

 僕にとっては、週1回の楽しみが菊池雄星の登板になったけど、正直、学ぶことばかりだった。

 

 ライター魂というのか、どうしても、毎回見たくなり、この4年くらいは、ビジターにまで見にいくようになっていた。いろんな人から「毎試合行っていたら、お金かかるでしょ」と言われてりもしたけど、それの何倍以上もの経験をさせてもらった。

 

 一つは、菊池雄星の登板を見ているけど、毎週最低1試合でもプロ野球を見に行くわけだから、単純に、野球の勉強になった。


  関西にいた頃なんかはアマチュアがメインで、プロはちょこっと見にいく程度だった。それが週1回はプロ野球を見にいくようになった。菊池雄星の登板日当日は、試合前に話してはいけないっていう不文律があるし、彼ばかりを取材するわけではない。西武ライオンズというチームをしっかり取材できたし、僕の場合は、メットライフドームだったら、ビジターチームにも気になる選手や顔見知りの選手がいたら練習から見にいった。

 

 例を挙げると、ロッテなら荻野貴司や中村奨吾、角中勝也、楽天だと、枡田慎太郎、西田哲朗(途中からSB)、森雄大、日本ハムだと西川遥輝や中田翔、オリックスだと、藤井コーチ(SBの時も)山崎福也、本屋敷トレーナー(途中から阪神)、巨人だと小林誠司や吉川大幾、岡本和真、中日だと大野雄大、柳裕也、DeNAだと山崎康晃、筒香嘉智、阪神だと藤浪晋太郎などなど。

 

 特別に仲がいいわけではないんだけど、なんか気になっちゃうので、様子を見に行く。向こうから気づいて挨拶してくれる時もあるけど、別にそれを求めて行っているわけではなく、どんな表情かを見に行っていた。気がつけば菊池雄星の登板じゃないときにも、プロ野球の取材に行くことが増えていた。

 

 そうなったのは、週一回は球場に行くという動機があったからだった。

 

 そして、何より、菊池雄星の成長をそばでみれたのは大きかった。

 

 いわゆる、エースと言われる人が世の中には何人もいるけど、そういった選手が、自分のポジションを得ていくまでの過程を見たことがなかった。普段の取材で接している穏やかな菊池雄星が、近寄りがたいくらいの雰囲気を醸し出すようになるまで、その瞬間瞬間を見れたのは、本当に勉強になった。

 

 最初からスーパースターになったやつなんていない。


 世間的にはそう見えても、それぞれに苦悩があり、彼らにしかわからない境地がある。

 

 よく、有名になった選手に対して、

 

「あいつは態度が大きくなった」

「立場が変わって人間が変わった」

 

 などと悪評を流す人がいるでしょう。去年も、ある球団のエースの似たような悪評を聞いた。

 

 多分、それは事実じゃない。

 

 エースとか、球界を代表するような選手は、彼らなりに苦労してる。そして、その山を乗り越えていくうちに、それまでの精神じゃない境地をつかんでいくんだと思う。ものすごいところで勝負して打ち勝って行ったから、そういった人間は、おそらく見える景色が広がっていくのだと思う。つまり、いろんなものが見えちゃう。

 

 階段の上から下はみれるけど、下から上は見ることが出来ない。

 

 それと同じで、いろんなものがみえてきた人からすれば、1点しかみていない人と話があわなくなってくる。


  もちろん、菊池雄星は、階段を降りてくる優しさを持ち合わせているけど、彼がいろんなものを突き破っていく姿を見つめながら、すごくなっていく瞬間を目の当たりにしたのは、本当に貴重な体験だった。


  アメリカに渡り、さらに厳しいところに挑戦することで、彼の精神性は、さらに、たかいところにまでいくはずである。

 

 そして、もう一つ気付かされたことがある。

 

 去年の暮れ辺りから、菊池雄星を掘り下げるべく、彼の周囲の人間を当たっている。高校の恩師はもちろん、各パーソナルトレーナーさんたちのほとんどと会ってきた。

 

 いわば、たくさんの関係者に取材して、菊池雄星がこれまで語ったことの裏を取っていくんだけど、取材をすればするほどに、真実が見えてくる。

 

 それで思った。

 

 これまでの取材の仕方を改め直さなければいけないんじゃないか、と

 

 取材って、読んで字のごとく、材料を取るわけだけれど、本来、記事を書くためにすることというのは、ただ本人の話を聞くだけじゃなくて、周囲に当たって、本人にも当たって、という工程を繰り返しながら、人をあぶり出していく、真実にたどり着いていく。

 

 そういうものなんだけれど、

 今、ご存知のように、ネット社会。

 「情報が簡単に得られる」と言われるけど、そうじゃない。情報を簡単に得ようとしているだけなんじゃないか、と。

 

 麻痺してるって思った。

 

 ネットは「読ませる」のではなく「読まれる」のが勝負だ。

 

 いわば、何かのフックにかけて、読まれればいい。

 

 真実の裏には無数の情報が隠されているけど、そんな情報をかき集めていたら「読まれなく」なる。

 

 だから、みんなうまいこと、世間が納得するような文体にして、さも、これが全て真実だというように書いている。

 

 早く、そして、上手く書いたもの勝ち。真実ではない!ということではないんだけど、もっと深いものがあっても、そこには目を向けようとしないのだ。

 

 これは誰が悪いとか、ネットメディアとか、あの媒体が・・・・とか、そんな話をしているのではない。

 

 みんながみんな、そこに気づけなくなっているんじゃないかって思った。

 

 菊池雄星を深掘りしていくうち、自分の甘さを痛感するしかなかった。

 

 あんまり大きな声では言えないけど、よくこの程度の取材で書いていたな、と。


  菊池雄星から学んだこととして、最後に記しておきたい。

 

 この6、7年は本当に多くのことを勉強させてもらった。

 

 数え切れないほどのスポーツシーンに出あえたし、人が成長していく姿を見ることができた。また、昔、関西にいた時に、いろんな先生が与えてくれたヒントの答え合わせを菊池雄星を通して、させてもらったようにも思う。

 

 そして、ライターとして、ジャーナリストとして、まだまだ勉強していかなければいけないなと思った。

 

 僕に宿題を置いて、彼はアメリカへ挑戦の旅へ向かった。

 

 

 

 

 今更、過去をほじくり返して、批判するのはナンセンスだ。

 

 僕は、これまで、高校球児の登板過多の問題に対して、疑義を呈してきた。

 

 オブラートには包みながらも、ルールで縛ることも大切だし、指導者にも責任があると言い続けてきた。投手の使い方などは、今の時代にはあっていない、と否定してきたつもりだ。

 

 しかし、信念として譲ってこなかったことがある。

 それは、過去をほじくり返して批判することだ。

 少なくも、自分が取材現場に立っていない時代の頃までさかのぼって批判するというのしていない。


  例えば、天理・本橋投手、あるいは、沖縄水産・大野倫投手、智弁和歌山・高塚投手。

 

拙著「甲子園という病」の中でも、過去の虐待シーンを触れつつも、僕がこの問題に立ち向かってきたのは、2008年の戸狩事件からだと書いている。

 

 今ほじくり返せば、批判の対象になるものばかりだけど、でも、当時はどんな時代だったかというと、投手が完投することが当たり前だと誰もが思っていた。僕もそうだった。指導者の勉強不足ではなく、社会全体が勉強不足だった。朝日新聞が高校野球の感動を売っていたからではない。

 

 当時を反省することはあるべきだけれども、批判するのは違うと思う。

 

 だから、星野仙一さんがかつてやってきた鉄拳制裁や、最近、ニュースになった横浜商大の佐々木監督の暴力沙汰についても、今、彼らを批判しようとは思わない。そういう時代だったから。

 

 しかしだからと言って、暴力を肯定しようという気にはなれない。


 僕は、人生の中で、人を殴ったことがない。だから、暴力を振るう人間の気持ちが全く理解できないのだが、どんな理由であれ、暴力はあってはいけないと思う。

 

 2013年の著書「指導力」にも書いたのだけど、指導の手法に暴力を使うのは「自分に指導力がないと言っているのと同じだ」。暴力に委ねることでしか、生徒を導くことができない恥るべき指導方法なのだ。

 

 今、時代が変わろうとしている中で、これから重要になっていくのは指導者とプレイヤー、教師と生徒の関係性だ。

 

 教師(指導者)が生徒(プレイヤー)に暴力を振るって、いうことを聞かせていることからもわかるように、日本の教育における、立場は、教師が圧倒的に上だ。


 教師が言っていることが絶対で、生徒は何も反論してはいけない。暴力に対しても、殴り返すこはまずできない。それをわかっているから、暴力教師は殴り続けて言い聞かせるわけだけど、それは、つまり、生徒側は受け入れ続けるしかないということである。

 

  それは果たして、正しい形なのだろうか。

 

 ドミニカ共和国の野球アカデミーの育成について、取材して研究している、阪長友仁さんがこんな話をよくしている。

 

 「向こうの指導者とプレイヤーの関係は上下ではなく、お互いをリスペクトしあっている」。

 

  プレイヤーは指導者を尊敬しているし、指導者もどんな選手であるかを理解することから始まって、彼らの人間性、アイデンティを大切にしているということである。

 

 メジャーリーガーで、現在はロッテのコーチをしている吉井理人さんも、初めて、メジャーのキャンプに参加した時の驚いたエピソードの一つとしてこんな話をしていた。

 

「ピッチングコーチから、俺はお前のピッチングを知らないから、お前の方から教えてくれと言ってもらった。極東の島国から来たどこの奴ともわからんようなピッチャーを尊重して、一人のプロ野球選手として見てくれた」。

 

 ちなみに、吉井さんは、近鉄の2軍にいた時に、『そのフォームじゃ、お前は使えへんからな』といわれて2年間くらい干されている。

 

 「リスペクト」というと、日本人の場合、少し言葉が重くなって受け入れがたいかもしれないけれど、指導者とプレイヤー、教師と生徒の関係性というものが、上下にならない教育・育成のあり方っていうものに転換していく時期に来ているのではないかと思う。

 

 最近の暴力沙汰ニュースを見ていると、暴力云々ではなく、そんな気がしている。

 

 何度もいうように、暴力は反対だ。

 

 でも、なぜ、教師や指導者は暴力を使うのか。

 それは、両者の関係性において、互いを尊重する姿勢がないからだ。

 

 加えていうと、人を傷つけ、威圧し、言って聞かせることだけが、暴力、体罰ではない。


 怒号や罵声、叱責なども、暴力体罰と同じ行為である。

 

 教師と生徒、指導者とプレイヤーの関わり方において、変わっていく必要がある。


 これからの教育のあり方、指導のあり方などが、転換していく時期なのだと思う。

 

 過去をほじくり返すのはナンセンス。

 それも忘れないで欲しいけど、これからは変わらなければいけない。

 

 人を大事にしよう。他者を尊重しよう。子どもを守ろう。

 

  教師や指導者が上ではないのだ。