本日(4月28日)のNumberWebに、以下のコラムを掲載した。

 

国内は打高投低、MLBに野手は0人。日本野球に何が起きているのか。

 
 要約すると、イチローが引退して、野手の日本人メジャーリーガーが0人になり、その影響として、高校野球の舞台で「金属バットを使用しているから」と結論づけたものだ。
 
 ここ数年、我々の界隈では、高校野球の舞台での「金属バット」の性能の高さには目を見張るものがあるという話になっている。なかには「高反発の性能を有している」と指摘する人もいるくらいで、これでは高校生の打撃技術が育たないのではないかという見方も生まれている。
 
 取材をしながら僕がずっと思っていたのは、これはどこに視点を置くかで変わるとも感じていた。
 
 今の高校生はよく打球を飛ばす。よく食べているし(食べさせられて)、トレーニング理論も充実してきた。バットの性能を横に置いたとしても、飛ばす能力は格段に上がっている。
 
 そこに加えて、この春の選抜でも話題になった「サイン伝達」があり、日程は過密で連投、夏は暑さも手伝う。
 
 ともなれば、投手はこの過酷な環境はたまったものではない。
 
 だけれども、だからこそ、それを乗り越える投手は偉大になるものだ。たとえ、打たれた投手であっても、その経験を踏んだことが大きな糧になる。日本人の大投手たちがメジャーの舞台で活躍できるのは、この劣悪環境を乗り越えているから、という見方ができなくもない。
 
 この考え、僕なりには、間違ってはいないのではないかと思う。
 
 要するに、どっちに視点を持つか。
 
 野手が育たない環境と見るか、投手のためには良い部分であると見るか。
 
 高校生に木製バットを使わせるかどうかの議論は、視点をどっちに向けるかでも変わってくるだろう。
 
 ただ、、、、、
 
 周知のように、日本の投手が総じて球数が多いという部分にスポットを当てると、確かに、投手は過酷な環境を乗り越えているが、その分、球数が多くなってしまうということに影響を与えているとも言えるだろう。つまり、昨今のキラーコンテンツにもなっている「球数制限議論」に、「金属バットが高校野球に与えている議論」を加えてみると、新たな展開が見えてくるというわけだ。
 
 上記の記事中に、作新学院の小針監督の言葉を引用させてもらった。これは昨夏の甲子園でボソッと小針監督が口にしたのだけれど、「飛びすぎる」という表現を思い出した時、怖さを感じた。
 
 というのも、記事にある「低反発バット」使用の試合を見に行った時に、アメリカがこのバットを使用するようになった理由が、以前までのバットから放たれた打球で、死人が出たか、すごいけが人が出たことがきっかけだったという話を聞いていたからだ。
 
 ゾッとする話であり、人ごとにしてはいけないとも思った。
 
 
 とびすぎる=凄まじい打球を生むことの延長線上であるのだから。
 
 アメリカのバットやいわゆる世界基準に比べて、日本のバットがどこまで飛ぶものに作られているか、僕の方でははっきりしたことは分からないけれど、アメリカが取り組んでいることからは一線を画すものであるというのは間違いない。つまり、かつてアメリカで起きたような事故が起きる可能性は0ではないのではないかということだ。
 
 たとえば、大阪大会は基本的にシードがなく、強豪私学とほとんど練習時間を取れないチームとが公式戦で当たることはざらにある。負けられない試合で両者がぶつかった時、ピッチャー返しが、頭部を直撃ってこともありえない話ではない。そうなった時に、命の危険性はどうなのか。
 
 これは高校野球に限ったことではなくて、中学レベルでも、もし、世界基準とは異なるバットを使って大惨事を招いた場合、体罰の動画を流されるだけでは済まないレベルの問題になるのではないか(もちろん、体罰は許されない)。
 
 それを分かってて使うのか。
 
 知らなかったといっても逃げられる問題ではないのに、この問題には目を向けないつもりなのか。
 
 僕はここに警告しておきたいと思う。
 
 問題が起きてからでは、遅いのだということ。
 
 青少年の命を奪うかもしれない危険性が孕んでいることを肝に命じてほしい。
 
 
 
 
 
 

 

 MLBもNPBも既に開幕している。

 

 日本の開幕戦は見られなかったけど、アメリカ本土での開幕戦、そして、帰国してからは日本の試合も見ている。

 

 海の向こうには、また違った野球があって、そことの違いを見ていると、本当にムダが多いなぁと思う。

 

 日米のレベルの違いをここで書いたところで、ため息にしかならない。

 レベルが違うことを語ってしも仕方がないので、向こうに行って、気づいたこと、気付かされたことを書こうと思う。

 

 まず、衝撃的だったことが一つ。

 

 菊池雄星が本土で初登板を果たす日、日本では登板する日でも選手がグラウンドに現れる。

 先発なので、先に上がって準備に入っていくんだけど、午後7時プレーボールのその日、菊池雄星は出てこなかった。

 

「雄星さん、6時くらいまで出てこないっすよ」

 

 そう教えてくれたのは、菊池雄星選手の通訳、ジャスティンだった。

 

「日本みたいにアップ2回とかしないっすよ」

 

 日本は、プロ野球に限らず、ほとんどのカテゴリーで、まず、1回「みんな」でアップする。

 

 ストレッチから始まって、軽いジョグ、ちょっとしたダッシュ、そして、投手・野手が分かれて、キャッチボールとか、諸々。その日の状態を確認して、あるいは、ピッチャーノックに参加するときもある。

 

 それらが終わると、先発投手は一足先に上がる。ご飯を食べたりして、調整に入るのだが、、、

 

  メジャーにはそれらがない。

 

 当日の雄星が6時にしか出てこないというのは、そういうわけで、つまり、投げるための準備をする時間になって出てくるのだ。

 

 よくよく考えたら、二度もアップする意味はない。

 

 「マエケンが少し早めに出てきてジョギングするかな〜あとは。。。(怪我する前の)大谷も全く出てこなかったですよ」

 

  アメリカ駐在の記者に確認をとったら、それが当たり前だと教えてくれた。

 

  なんでも、先発ローテーションの投手は、登板では無い日に何をするかも自分で決めていいそう。つまり、メニューが決まっていない。

 

  ちなみに、向こうは、投手と野手の練習時間帯が異なる。

  一緒にアップをするということがそもそもなく、投手練習が終わってから、少しインターバルがあって、野手練習。

  

 確かに、一緒に練習する意味はない。

 

 さらに・・・

 

 僕は開幕カードの4連戦の取材に行ったのだが、4試合目が日曜日なのでデーゲーム。前日はナイターだったのだけれど、試合前、バッティングゲージがなかった。

 

 つまり、練習がないのだ。

 

 菊池雄星ら、体を動かしておきたい選手だけが出てきて、ちょこっと練習して、引き上げていく。

 

 グラウンドは一部ファンに解放されていて、選手の数より、知らない人の方が多いくらい。

 

 昔、オリックスのトレーナーの本屋敷さん(現在阪神)に、ブルペン陣の疲労について聞いたら、「ナイターデイが一番きつい」と話していた。疲労の回復に十分な時間が取れないからだという。

 

 ただでさえ、時間がないのに、練習をすれば、回復なんてしない、、、、

 

 でも、日本ではそれが当たり前。。。。

 

 試合前のバッティング練習をしなかったからと行って、打てないということはなく、その日のゲームは、10−8の打撃戦だった。

 

 あんまりメジャー信仰になると、よくないと僕は思ってきた。

 

 「メジャーがこうだから、日本はダメなんだ」という記事は、あまり好きではない。だから、メジャーがこうだから、日本は変えるべきだとは言わない。

 

 でも、ちょっとムダが多いことには、気づいた方がいいかもしれない。

 

 

 とりあえず、記事には書かないので、ブログで我慢した。

 

 

 

 

 

 本日、MLBが開幕する。

 と言っても、日本開催の2試合のみとなるが、初めてのメジャー開幕を存分に楽しみたい思う。

 

 ちなみに、アメリカでの開幕も行こうと思う。

 

 さて、そんな私は、2月24日からアリゾナまで取材に行ってきた。

 菊池雄星のいるマリナーズを中心に、Dバックスを見たり、色々、視察をしてきた。基本、メジャーは全体練習が午前で終わってしまうために、朝ピオリア、昼から、どこかかしらのOP戦を見るという贅沢三昧だった。OP戦は、ほぼほぼ、チケットを買ってみていたのだけれど、芝生席に座ってみるベースボールは格別だった。また、スタジアムにいる人たちを眺めているのも楽しい。

 

 現地で取材を続けている日本人の記者の方々と話したりもして、それぞれの人生があって、海外にい続ける人とずっと日本にいる人との違いってなんだろう?とか考えたりもした。あるスポーツ紙の記者は、去年まで楽天担当をして、訳が分からず、こっちに異動になったとか。英語もできないし、何が何だか分からないみたいだけど、楽しそうだった。どちらかがすごくて、どちらかがそうではないということではなくて、たくさんの人生をみれたのは良かった。

 

 日本に帰ってきて、このMLB開幕戦に合わせて、エキシビションマッチが行われた。

 

 日本のメディアの注目は、もちろん、日本人選手なんだけど、なるほどな、と思うことがあった。

 

 本番2戦目に先発予定の菊池投手を記者が必死に囲むのだけど、そこで繰り広げられるのは、アメリカで取材をしていた記者たちではなく、日本にいる人たち。今回の担当を任された人たちなのだと思うけど、必死に、今の状態やら、変化、なんやらと聞いていく。

 

 僕は内心こう思った。

 

 「アリゾナで聞いた話の総集編だ」

 

 つまり、そういうこと。

 わざわざ、時間とお金をかけて、アリゾナなんかに行かなくても、聞けちゃうわけ。

 特に、菊池投手は球界の中での指折りの取材対応がいい選手。アリゾナに来ていない人にそっけない態度をとることはなく、きっちり、懇切丁寧に、聞かれたことに答えていく。

 

 あれだけ、情報を得られたら、楽だよなと思った。

 

 まぁ、この傾向は日本時代からも同じだった。どれだけ多くの登板をビジターまで追いかけてみても、ホームスタジアムに帰ってきたときに、待ち構えている記者が彼に質問をすれば、答えてくれるから、それで、十分、事足りる。そうなんだけど、アリゾナまで行った身からすると、色々と痛感する。

 

 あー、だからかーー。

 

 足を使う記者が減るよ。それは。

 

 今は情報も溢れているし、言葉さえ拾えば、なんとでもなる。

 

 一生懸命、汗水流して、さらには、遠くまで行って、それこそ、お金を使って話を聞く必要はない。

 裏を取らなくても原稿は成立する。数字、データ、文章の構成でもっともらしく見せればいいわけだから。もっと言えば、英語を読める人は、アメリカの文献なんか引っ張り出してきて、世界の野球はこうだからとまで語れちゃう。

 

 まぁ、僕は、損得なしに動いちゃうので、仕事で利益が出れば、その分を取材費に充てることを忘れずに続けていくけど、出した記事が読まれなかったりすると、いたたまれない気持ちになるのも事実だ。

 

 そんな折、MLB開幕シリーズを取材していると、顔見知りのサンケイスポーツの記者の方が声をかけてくれた。

 

 今、発売中のNumber に特集している、菊池雄星の記事を読んでくれいたようで、

 

「あそこまで、書かれちゃったら、僕たち、太刀打ちできないですよー。すごく取材内容が濃くて、面白い記事でした」

 

 と言ってくれた。

 

 いやーーー、本当に救われた。 

 

 ああやって、声を掛けることがまず、人としてできていると思う。僕以外にも、そういう姿勢なんだろうと思う。

 

 彼は今、メジャー担当をしていて、いろんな選手の記事を書いている。

 

 だから〜

 

 とまぁ、愚痴みたいなっちゃったけど、とりあえず、これ、読んでください(笑)

 アリゾナでの成果+α

 

 

吉川峻平はなぜMLBへ直行したか。「10年後をイメージして決断した」

 

菊池雄星がメジャーで成功するには? 球種改良に手ごたえ、課題は“意図せず”動くボール