少し前のことになりますが、話題の映画「ノルウェイの森」をみてきました。

(ネタバレあり。)



結論から先に言うと、同時期にみた他の映画(ジャンル的には全く異なりますが)

と比べて、全く楽しめなかったです~。

私はダメです、この手の描き方の映画。

理由は以下の通り。

①せりふがくどい。

原作を20年前に読んでそのままのかすかな記憶で文句を言わせてもらうと、

確かに主人公のせりふは原作の通りだろうと思うし、

村上春樹のことばを大切にしようとする気持ちはかいたいと思うのですが、

彼の小説の中ではOKなせりふも実際映像でみると

くどいことこの上なし。

直子「~だよね」

わたなべ「うん」

で済むところを、

直子「~だよね」

わたなべ「確かにそうだね」

が続くと、イライラしてしまいます。

せめて「確かに」で終えてほしかった。

「わたなべ、君っていちいちコメントしないと気が済まないのか~」

と、つっこみたくなる。

こんな男の人、つきあうの面倒くさいよ。



②昭和40年代の風景はこんなものだと思うけど、

いかにも東南アジア風の光の当て方、描写の仕方。

きれいはきれいなんだけど、ちと古臭いかな、と。

でも、監督がベトナム出身なので仕方ないかな。



③エンターテイメント性がおそろしく低い。

原作に忠実になろうとするあまり、全体的に暗く、救いがない感じ。

親友の死、直子の発病→自殺、永沢の彼女のその後の自殺、

緑の父の死

など、少々気が滅入ります。

そんな中で唯一の生の象徴の緑の言動も

屈折していて感情移入しにくい。



彼女の家庭環境は気の毒だとは思うし、

そんな中であの彼女の性格は育まれたとわかっていても、

同じ女性としても彼女の言動には共感できませんでした。

わがままでイヤな女としか思えない。

(唯一楽しめたのが、

永沢の彼女の、恋人の不貞を知って同席した主人公を問いただすシーン。

あれはすごい演技力だと思いました。

ああいう、普段はクールな人がキレたところは怖いし、

それがスクリーンを通じてビシビシ伝わってきました。

ぜひもう一度見たいシーンです。)

④そしてあの終わり方。

原作もたぶんあんな感じだと思いますが、

いきなり観客が現実に放り出された感が否めません。

以上、勝手なことを書きましたが

私の好みの問題だと思ったりもします。

まず、私は菊池凛子と松山ケンイチの顔が好きでない。


なんだか現実離れしているのっぺりした

爬虫類系の印象をもってしまいます。

(ご本人、ファンの方々、すみません。)

私の友人は松山ケンイチの演技力はすごいと言いますが、

私にはイマイチわかりません。

もっとわかりやすい、妻夫木聡とか、向井理なんかの方が私は好き。

女性なら、黒木メイサとか。

あと、こういう死を扱ったものなら、

映画を見た後、希望をもてるものがいい。

あと、数々の死がもらたしたインパクトとそこからの再生を

観客が少し時間がかかっても自然に考えていける余地がほしい。



20年前から大好きな作品だったので、

長期にわたっておそらく私の頭の中に

自分が作り出した作品のイメージができているのだと思います。

そして、それとこの映画とのずれが私の戸惑いを生み出しているのだ

と思ったりもします。



最後に主題歌となったBeatles のNorwegian woodを。



























前回氷のようなエネルギーの人について書きましたが



同期がその人のことを昔から知っているということを

先日偶然知りました。


で、その人のことを話したところ、


「あの人、私も同じ目にあわされたのよ。

そういう人だから、気にしたらだめよ」


って言われ、本当にうれしかった。


というのは、

私から見て、その人は人望があるように見えて、

あの人が私にあんな態度をとるのだから

私自身に悪いところがあるのでは、

ってずーと思っていたからです。


でも、心から信頼する同期の言葉で

それは誤解であることがわかりました。



あらためて振り返ってみると、

私は何かがあると、すぐに無価値観がすぐに頭をもたげて

自分を責めてしまうパターンがあることを

再確認しました。


人の感覚とか言動に私が責任なんてとらなくていいのに

すぐにそんなモードになってしまう自分が

何だか今回は情けないというよりも

ちょっとかわいく思えたりしました。


で、今後どうするか、ってことですが、


自分に自信をもてるよう、

いろいろやっていきます。


いろいろと癖のある人にいろいろな思いをさせられても

自分の本質から離れないよう

心していきます。


職場で何だか距離を感じてしまう人がいる。



前は何でも話せたのに、最近は話すたび冷たいものを感じる。

氷でもできそうな。



相手が私と同じ女性だし、結構影響力のある人なので余計に気になる。


この違和感を解消すべく、いろいろと自分の精いっぱいをこめてやってみた。

でも、とっても苦しくなってしまうこともあった。


私は周りの雰囲気の悪さだとかを自分のせいだと感じてしまうことも

これまで結構あったのだけど、


今回は原因がわからないし、本人に聞いてみても言ってもらえなかったしで、

言いたくないのなら無理やり言わせることをしちゃいけないな、って思って


このまま、普通に行くことにした。


この「普通」が結構難しい。


だって仕事で彼女と絡むたんびに、すでに辛いから。


最近はあきらめてきたけど、

できることなら前のように仲よく話せたらいいなぁって

心では強く望んでいるから。


でもそれは私の側からの思いで

彼女が同じように望んでいるとは今のところ思えない。


私の思いを押しつけるのはおかしいし。


今日は彼女と絡む日だったので、

きつかった。


かなり悲しかったし、

つらかった。


でも、私は等身大の自分で行く。



誰にどんなことをされても言われても

自分を大事にしていく。愛していく。


彼女がどんな態度をとろうとも

普通に淡々と接していくし、

誰に対しても向ける誠意や同僚としての仲間意識を

もっていくことをここに確認します。


それでもくじけそうになったら、

神さま、どうか守ってください。

力を与えてください。





前々から何度も書いている、「怒り」の原因についてふと、

もしかして私は普段から感情を知らず知らずに抑圧しているのでは?

という思いが何度も浮かびます。



例えばそれが真実だと仮定してみたら、


自分ではこれまで


感情を抑圧してるなんて、

そんなわけないってば、

今でも出すぎて困ってるのに。


なんて思ってたけど、

実は


そんなのほとんど出てないくらい、私の中に

いわゆる

いい感情も悪い感情もあふれていたとしたら?


そしてそれが普段行き場所がなく

どんどん抑圧され

臨界状態になって初めて

怒りという形で噴出していたとしたら?


じゃあ、普段どうしたらいいのだろう?

自分に優しくなる?

意識的に感情を感じてあげる?


感情に良い悪いはない、というけど

私は「怒り」がいやで、感じたくなくて

どうにか解消したくてもがいているけど、

こんな言葉もあります。


「怒りとは、幼い子供が自分のために一歩進み出て

自分は大切な存在だ

と宣言するために母なる自然が与えてくれたエネルギーである」

by Gabor Mate


引き続き考えていきます。




今更、なのですが、

後輩に「この歌、本当にいいんですよ」と勧められた一曲のフレーズが

とても耳に残ります。

その曲、とは、植村花菜さんの「トイレの神様」。

自分が嫌いだったトイレ掃除を勧めてくれた祖母との思い出を

切々と重ねながら歌は続きます。

そして最後はそのおばあちゃんへの感謝のことばでしめくくられます。



私がトイレ掃除の効用を知ったのは数年前。

でも、それは植村さんが聞いた

「トイレ掃除をしたらべっぴんさんになれる」

というものではなく、

「お金がたまる」というものでした。




実際そんなに真面目にしたわけではなく、お金もいうほど貯まらなかったけど、

べっぴんさんになりたいので、

今日からせっせとトイレをきれいにしようと思ってます。

(下に歌詞あり。)


小3の頃からなぜだか
おばあちゃんと暮らしてた
実家の隣だったけど
おばあちゃんと暮らしてた

毎日お手伝いをして
五目並べもした
でもトイレ掃除だけ苦手な私に
おばあちゃんがこう言った

トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに
べっぴんさんになれるんやで
 
 
その日から私はトイレを
ピカピカにし始めた
べっぴんさんに絶対なりたくて
毎日磨いてた

買い物に出かけた時には 二人で鴨なんば食べた
新喜劇録画し損ねたおばあちゃんを
泣いて責めたりもした

トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに
べっぴんさんになれるんやで
 
 
少し大人になった私は おばあちゃんとぶつかった
家族ともうまくやれなくて 居場所がなくなった

休みの日も家に帰らず 彼氏と遊んだりした
五目並べも鴨なんばも 二人の間から消えてった

どうしてだろう 人は人を傷付け
大切なものをなくしてく
いつも味方をしてくれてた おばあちゃん残して
ひとりきり 家離れた
 
 
上京して2年が過ぎて
おばあちゃんが入院した
痩せて 細くなってしまった
おばあちゃんに会いに行った

「おばあちゃん、ただいまー!」ってわざと
昔みたいに言ってみたけど ちょっと話しただけだったのに
「もう帰りー。」って 病室を出された
 
 
次の日の朝  おばあちゃんは
静かに眠りについた

まるで まるで 私が来るのを
待っていてくれたように

ちゃんと育ててくれたのに 恩返しもしてないのに
いい孫じゃなかったのに
こんな私を待っててくれたんやね
 
 
トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
おばあちゃんがくれた言葉は 今日の私を
べっぴんさんにしてくれてるかな

トイレには それはそれはキレイな
女神様がいるんやで
だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに
べっぴんさんになれるんやで
 
 
気立ての良いお嫁さんになるのが
夢だった私は
今日もせっせとトイレを ピーカピカにする

おばあちゃん
おばあちゃん ありがとう
おばあちゃん
ホンマに
ありがとう