日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -281ページ目

恐怖体験。誰もいないはずなのに(実話)

同じ課の人間数人と、休日出勤だった。

社屋の中で仕事をするのは、我々だけである。

そして作業は深夜だった。

一通り作業を進めると、休憩の時間になった。

それぞれ、思い思いの場所で夜食を摂る。

休憩場のような場所が2箇所あって、一箇所は仕事場から遠く離れていた。

それでも、設備が新しく快適な空間であった。

俺は一人で、その場所に向かった。

なぜかわからないのだが、自然と足が向いてしまったという感じだった。

節電のため、稼動していない部屋や廊下は、すべて消灯されている。

俺は暗闇の中を、緑色に浮かび上がる、非常口を知らせる明かりを頼りに、談話室へ向かった。



とても静かだった。

そのことが、少しだけ恐怖を感じさせた。

堪えられずに、TVを付けた。

それだけで、少し賑やかになり、一人でいるという事実を少しだけ紛らわせることが出来た。

飯を腹に詰め込むと、やることが無くなった。

TVも、静寂をかき乱すための道具に過ぎないのだった。

格闘技のようなものが、画面に写っている。

ぼんやりしてると、奥にあるトイレから水の流れる音が聞こえてきた。

あいつかな。

俺は同僚の顔を想像した。


そして、背中に冷たいものが流れた。

俺以外のものは、仕事場の近くの談話室にいるのだった。

ここに、俺以外いるはずが無かった。

それでも、はっきりと聞こえてきた。

手洗い場の水の流れる音。

間違いは無かった。

センサーのようなものが付いていて、手を翳すと自動的に水が出て、手を引くと水も止まる。

やけに長い間、水が流れ続けていたような気がした。

センサーの誤作動か。

もし誤作動でないとすると、何かが蛇口の下にあるという事だった。

何が、あるtというのだろうか。

一瞬、その場を確認しようかと思ったが止めた。

すぐに、同僚のいる談話室へ向かった。

メンバーを見渡す。

そして、一人も欠けることなく全員がそこにいたのだった。




翌日も、同様に休日出勤だった。

一人が、俺に話しかけてきた。

「昨日の帰り、俺はみんなよりちょっと遅く、ここを出たんだがね。聞いたよ俺も。」

「何を」

「物音だよ。女子トイレの方から。だれもいないのにな。」


さすがに、その日は一人で飯を喰う気にはなれず、みんなと一緒に食事をした。

そして、帰りに誰もいないトイレに入った。

入り口はひとつで、入ってすぐ左右、男子と女子に別れるようになっている。

誰もいないことを確認し、女子トイレをちょっと覗いてみた。

何の変哲も無い、ただのトイレだった。

俺は男子トイレで用を足し、手を洗った。

手を抜き差ししてみる。

どうみても、誤作動などしそうもなかった。


その時、物音がした。

何かが、がたがたと鳴っていた。

冗談だろう。

物音は、女子トイレの方から聞こえて来るようだった。


寝室

娘を寝かしつけて、そのまま寝室で寝てしまったようだった。

しばらくして、妻がやってきて目を覚ましたが、俺は寝ているふりを続けた。

何か言っていたが、あきらめたのか、そのまま俺の隣に横になってしまった。

食事中に、珍しくビールを飲んでいた。

少し酔っているのかもしれないと思った。

小さな電球の明かりで、部屋の中はオレンジ色に照らし出されている。

エアコンが効いていて快適だった。

このまま寝てしまおう。

そう思っていたら、妻の手が俺に触れてきた。

一瞬、誘っているのではないかという想いに駆られた。

そして、そんなことは有り得ないと、すぐにその想いを頭から追い払った。

寝ぼけているだけだ。

寝返りを打って、たまたま手が当たった。

そうに違いない。

俺は構わず、そのまま寝ているふりを続けた。

2度目に、俺の体を触れてきた後、どれくらいたっただろうか。

しばらくして、妻が言った。

何かの雑用が、済んでいないと言う。

それを済ませてから、寝ろということだった。

俺は、ゆっくりと体を起こし、妻の方に目をやった。

逆の方に体を向け、表情はわからなかった。

寝ているのか、起きているのかもわからない。



雑用を済ませ、自室の布団に潜り込んだ。

目を閉じて、ささほどの出来事を、思い起こした。

妻の様子が、何かいつもとは少し違うと思った。

それは、妻に対して僅かな期待を抱いていたから、そう思えたのだろうか。

俺は微かな後悔と、今も捨てきれないでいる妻に対しての情欲を感じていた。


汗が噴出してきた。

また、今日も眠れそうになかった。


娘への質問

娘と二人きりだった。

寝かしつけるちょっとした時間の間、おままごとや、お絵かきなどをして過ごした。

そんな時、娘は突然こんなことを言ったのだった。

「おかあちゃんと、○○ちゃん、どっちが好き」

俺は思わず、声を出して笑った。

いつも大人たちが、娘に向けて聞いているあまり意味のない質問。

それを、自分に置き換えて俺に聞いてきているのだった。

そして、おれは沈黙し、その質問に答えることが出来なかった。

こちらも、同じ意味の無いことを聞いてみようと思った。

「お父ちゃんと、お母ちゃん、どっちが好き」

ちょっと、考えるそぶりをして、娘がはっきりと答えた。

「おとうちゃんと、おかあちゃん、好き」

俺は口をあけたまま、しばし硬直した。


2歳の娘の言うことにしては、なんとも思慮深い返答だったからだ。



娘を抱きしめたくなったが、俺はそれに堪えて、床に落ちているおもちゃを拾った。