恐怖体験。誰もいないはずなのに(実話)
同じ課の人間数人と、休日出勤だった。
社屋の中で仕事をするのは、我々だけである。
そして作業は深夜だった。
一通り作業を進めると、休憩の時間になった。
それぞれ、思い思いの場所で夜食を摂る。
休憩場のような場所が2箇所あって、一箇所は仕事場から遠く離れていた。
それでも、設備が新しく快適な空間であった。
俺は一人で、その場所に向かった。
なぜかわからないのだが、自然と足が向いてしまったという感じだった。
節電のため、稼動していない部屋や廊下は、すべて消灯されている。
俺は暗闇の中を、緑色に浮かび上がる、非常口を知らせる明かりを頼りに、談話室へ向かった。
とても静かだった。
そのことが、少しだけ恐怖を感じさせた。
堪えられずに、TVを付けた。
それだけで、少し賑やかになり、一人でいるという事実を少しだけ紛らわせることが出来た。
飯を腹に詰め込むと、やることが無くなった。
TVも、静寂をかき乱すための道具に過ぎないのだった。
格闘技のようなものが、画面に写っている。
ぼんやりしてると、奥にあるトイレから水の流れる音が聞こえてきた。
あいつかな。
俺は同僚の顔を想像した。
そして、背中に冷たいものが流れた。
俺以外のものは、仕事場の近くの談話室にいるのだった。
ここに、俺以外いるはずが無かった。
それでも、はっきりと聞こえてきた。
手洗い場の水の流れる音。
間違いは無かった。
センサーのようなものが付いていて、手を翳すと自動的に水が出て、手を引くと水も止まる。
やけに長い間、水が流れ続けていたような気がした。
センサーの誤作動か。
もし誤作動でないとすると、何かが蛇口の下にあるという事だった。
何が、あるtというのだろうか。
一瞬、その場を確認しようかと思ったが止めた。
すぐに、同僚のいる談話室へ向かった。
メンバーを見渡す。
そして、一人も欠けることなく全員がそこにいたのだった。
翌日も、同様に休日出勤だった。
一人が、俺に話しかけてきた。
「昨日の帰り、俺はみんなよりちょっと遅く、ここを出たんだがね。聞いたよ俺も。」
「何を」
「物音だよ。女子トイレの方から。だれもいないのにな。」
さすがに、その日は一人で飯を喰う気にはなれず、みんなと一緒に食事をした。
そして、帰りに誰もいないトイレに入った。
入り口はひとつで、入ってすぐ左右、男子と女子に別れるようになっている。
誰もいないことを確認し、女子トイレをちょっと覗いてみた。
何の変哲も無い、ただのトイレだった。
俺は男子トイレで用を足し、手を洗った。
手を抜き差ししてみる。
どうみても、誤作動などしそうもなかった。
その時、物音がした。
何かが、がたがたと鳴っていた。
冗談だろう。
物音は、女子トイレの方から聞こえて来るようだった。
寝室
娘を寝かしつけて、そのまま寝室で寝てしまったようだった。
しばらくして、妻がやってきて目を覚ましたが、俺は寝ているふりを続けた。
何か言っていたが、あきらめたのか、そのまま俺の隣に横になってしまった。
食事中に、珍しくビールを飲んでいた。
少し酔っているのかもしれないと思った。
小さな電球の明かりで、部屋の中はオレンジ色に照らし出されている。
エアコンが効いていて快適だった。
このまま寝てしまおう。
そう思っていたら、妻の手が俺に触れてきた。
一瞬、誘っているのではないかという想いに駆られた。
そして、そんなことは有り得ないと、すぐにその想いを頭から追い払った。
寝ぼけているだけだ。
寝返りを打って、たまたま手が当たった。
そうに違いない。
俺は構わず、そのまま寝ているふりを続けた。
2度目に、俺の体を触れてきた後、どれくらいたっただろうか。
しばらくして、妻が言った。
何かの雑用が、済んでいないと言う。
それを済ませてから、寝ろということだった。
俺は、ゆっくりと体を起こし、妻の方に目をやった。
逆の方に体を向け、表情はわからなかった。
寝ているのか、起きているのかもわからない。
雑用を済ませ、自室の布団に潜り込んだ。
目を閉じて、ささほどの出来事を、思い起こした。
妻の様子が、何かいつもとは少し違うと思った。
それは、妻に対して僅かな期待を抱いていたから、そう思えたのだろうか。
俺は微かな後悔と、今も捨てきれないでいる妻に対しての情欲を感じていた。
汗が噴出してきた。
また、今日も眠れそうになかった。
娘への質問
娘と二人きりだった。
寝かしつけるちょっとした時間の間、おままごとや、お絵かきなどをして過ごした。
そんな時、娘は突然こんなことを言ったのだった。
「おかあちゃんと、○○ちゃん、どっちが好き」
俺は思わず、声を出して笑った。
いつも大人たちが、娘に向けて聞いているあまり意味のない質問。
それを、自分に置き換えて俺に聞いてきているのだった。
そして、おれは沈黙し、その質問に答えることが出来なかった。
こちらも、同じ意味の無いことを聞いてみようと思った。
「お父ちゃんと、お母ちゃん、どっちが好き」
ちょっと、考えるそぶりをして、娘がはっきりと答えた。
「おとうちゃんと、おかあちゃん、好き」
俺は口をあけたまま、しばし硬直した。
2歳の娘の言うことにしては、なんとも思慮深い返答だったからだ。
娘を抱きしめたくなったが、俺はそれに堪えて、床に落ちているおもちゃを拾った。