日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -275ページ目

限界

肉体には限界があるが、頭なら限界はない。


ぼんやりと眺めていたTVの中で、若い格闘家が言っていた。


俺は、思わずにやりとしてしまった。


そして、その格闘かが好きになった。

短編 「憎しみの果てに」 第4話

加奈子と武田との関係が、校内で噂になっていた。

ほかのクラスの者が、うちのクラスを覗きに来て、加奈子を確認する。
そんな光景を、たびたび目にした。
それでも、加奈子は気にするようでもなかった。
かと言って、武田との関係を自慢するわけでもなかった。
何故、噂が広がったのだろうか。
わたし以外に、あの二人の関係を知るものなどいるのだろうかと思った。
横山と田口が、でかい声で二人の関係を大げさに吹聴しているのを何度か聞いた。
そこから広まったのか。
そもそも横山たちが、なぜ加奈子と武田のことを知っているのだろう。


「ねえ真由美。日曜の午後、暇?」
「うん、とくに用事はないけれど」
「彼の友達と、四人で遊ばない」


男友達などいなかった。
もちろん、付き合っている彼などもいない。
人並みに、恋をしたいなどと時々思った。
それでも、私に言い寄るものなどだれもいなかった。
いじめられっ子である。
男子生徒からも、苛められた。
つまりは、鼻持ちならない女ということなのだろうか。
黙り込んでいると、加奈子が言った。

「別に彼を紹介するとかそんなんじゃなく、ただ一緒に遊ぶだけよ」

私は、なんだか恥ずかしくなった。
男の子と遊ぶだけじゃないの。
だからどうだって言うの。
そう自分に言い聞かせていた。



日曜日。
加奈子と一緒に電車を乗り継いで、郊外のショッピングモールへ行った。
映画館やゲームセンターなどが併設され、一日中、遊ぶことが出来そうだった。
その中にあるレストランで、待ち合わせをした。

武田はすでに来ていた。
一人でコーヒーを啜っている。

「おせえな」

武田がそう言うと、加奈子は呆気にとられた様な顔をした。
この間会った時と、ずいぶんと印象が違った。
椅子にふんぞり返り、足を組んでいる。

「ごめん、待たせちゃったかな」

加奈子が取り繕うように言った。
武田はジャケットの内ポケットから、タバコを取り出し、慣れた手つきで一本抜き取ると、それを銜えた。

「加奈子、灰皿もらってきてよ」

加奈子は目を瞬かせながら辺りを見回し、ウエイターを探した。

「大地君、タバコ、吸うんだ」

加奈子は、武田の指先に鋏まれたマイルドセブンを見ながら、力なく言った。
武田は口元だけで笑い、加奈子を無視したままタバコに火をつけた。
加奈子が動揺していた。
武田がなぜ不機嫌なのだろうかと、必死で頭を回転させているのかもしれない。

「麻生さん、もうちょっと待っててね。もうすぐ友達来るからさ」

視線を合わそうとしない武田を持て余す様に、加奈子は落ち着きなく目をきょろきょろとさせた。

「お待たせ」

その声を背後から聞いた私たちは、驚きのあまり、すぐにはその声の方向に目を向けることが出来なかった。
ゆっくりと体を捩り、振り返る。

横山明夫だった。

「どうして」

私が心の中で呟いたの同時に、加奈子が言っていた。

「大地君、これって、、、」

それでも武田はそっぽを向いたまま、鼻の穴から煙を吐いた。

「麻生、田口もここに呼ぼうか」

横山が言った。
加奈子は武田と横山を交互に見て、それからほうけた様に視線を床に落とした。
小刻みに震える加奈子の唇から、声が漏れた。



「大地君、なんなの、これ」

短編 「憎しみの果てに」 第3話

加奈子が、眼鏡からコンタクトに替えた。

そんな加奈子を見て、冷笑する者もいれば、あまりの変貌振りにあいた口が塞がらぬ者もいた。
教室の後ろの方で、田口明子が下卑た笑みを浮かべ、仲間と何か話している。
眼が合った。
憎しみのこもった瞳が、陰湿な光を放っていた。

席に着いた加奈子に、わたしは声をかけた。
「なんだか、別人みたいね」
そう言って、机の上に伏せられた顔を覗き込んで、わたしは微笑んだ。

加奈子の変化を身近に感じていたわたしは、それほど驚かなかった。
初めに、眉毛がきれいに整えられた。
それから、おかっぱのような髪型から、洒落たショートカットに変わった。
そのとき、わたしは初めて加奈子に聞いたのだった。
好きな人、出来たんでしょ。
そうなんだ。
彼、ショートが好きなんだ。
嬉しそうにそういって、加奈子は頬を紅潮させた。


「みんな驚いてるわよ。田中君、観てよ」

加奈子が教室に入ってから、射抜くようにして見続けていた。
みんなからオタクと呼ばれていている、地味な男である。
加奈子が視線を向けると、一瞬はっとして、ばつが悪そうに眼をそらした。
改めて加奈子を見ると、とても綺麗だった。
ショートカットが、二重瞼の大きな瞳を、より大きく見せていた。
田中が、眼を爛爛と輝かせていたのもわかるような気がした。
ショートヘアーは、ほんとうに可愛い子でないと似合わない。
私は改めて、そう思ったのだった。


下校途中、図書館によった。
テスト勉強より、新刊のハードカバーに夢中になってしまった。
外に出るとすでに、日が暮れていた。
街灯に照らし出されながら、寄り道したことを後悔した。
駅までは、かなりの距離を歩かなくてはならない。

風が冷たかった。
立ち止まり、手をこすり合わせ、息を吹きかけた。

ふと前方を見ると、加奈子がいた。
彼と一緒である。
下校時、一緒に図書館に行こうと誘ったが、断られた。
わたしには、はっきりと彼に会うからと言った。
どうしようかとしばし逡巡したが、そのまま駅の方角に歩くことに決めた。
前方に見える恋人たちは、腕を組み、楽しそうに何か話している。
加奈子が私に気付き、声を上げた。

「あら真由美、遅いじゃない」

「ちょっと、ぐずぐずし過ぎちゃったわ」

加奈子の彼に、視線を向けた。
わたしの視線を察して、加奈子が言った。

「彼、紹介するね。武田大地くん。知ってるよね」

知らないはずはない。
よく知っている。
わたしは驚きを隠せなかった。
武田は、同じ学年で3組の生徒である。
私たちは、1組だ。
武田は、プロサッカークラブのユースに在籍しており、将来を有望視されていた。
当然、校内では有名人だった。
女生徒からは羨望の的である。

「いつも上位ですよね」

武田が言った。
校内に張り出される、テストかなにかの順位のことだろうと思った。

「私より、下よ」

そう言って、加奈子がいたずらっぽく笑った。

学校での事などを少し話すと、私たちは別れた。
最後まで、のどの奥に何かがひっかかるような、違和感を感じていた。
わたしは振り返り、ぼんやりと二人を見つめた。

体を密着させ、歩いている二人の後姿が、やがて闇に消えた。