仕事、始まる
朝目覚めると、テーブルの上に千円札が一枚置かれていた。
食事代のつもりなのだろうか。
俺は何食分になるだろうと、咄嗟に考えた。
100円のパンなら十個、十日分だった。
千円札をポケットにねじ込んで、俺は職場に向かった。
職場では、暖かく迎え入れられたような気がする。
みんないい人たちだった。
だんだんと仕事を覚えていってほしいと、責任者はいった。
そんな調子なので、いきなり難しい仕事を押しつけられることなく、一日は淡々と過ぎていった。
昼になると、休憩をするように同僚のおばちゃんが優しく言った。
コンビニで100円のパンを買ってきて、職場の休憩室で喰いたいところだったが、そんな人は誰もいなかった。
おばちゃんたちは、自宅に帰って飯を食っているようだし、責任者はレストランでランチだった。
パンなどを囓っていてはみっともないので、俺は外で喰うことにした。
仕事場を出て、飯やを物色した。
600円とか、800円のランチばかりで、それより安い食い物屋はどこにもなかった。
そんなとき、牛丼屋が目にとまった。
牛丼の並が300円だった。
俺は一度コンビニでパンを眺め、しばらく悩んだ後、牛丼屋に入った。
テーブル席があったので、俺はゆっくりと牛丼を食った後、持参した本を開いた。
チャールズブコウスキーの小説だった。
チナスキーという主人公は、いつも仕事を探しているか、酒を飲んでいるかだった。
小説の中でチナスキーは、職場で痛烈な批判を受け、このように反省を述べている。
~ただ仕事をするだけでなく、その仕事に興味を持ち、その上で情熱を持ってこなさなければならない~
俺は本を閉じ、財布を引っ張り出して中身を見た。
700円と銅貨とアルミニウムが2,3枚。
今飯を喰ったばかりなのに、まだ食い足りなかった。
それでも、何か喰う金などなかった。
明日からはパンにしようと思いながら、俺は牛丼屋を後にした。
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戦慄~不吉な出来事
「やあ、久しぶり」
意外な時間に、友人から電話があった。
頭痛に悩まされていたが、友人からの電話はそれを忘れさせてくれた。
仕事が決まったこと。
今、駐車場にいること。
そんなことを話しているうちに、あることを思い出していた。
友人とは、興味のベクトルが同じ方向を向いている。
俺はうれしさのあまり、先日ブログに書いた内容 を友人に話した。
「異次元への行き方というのがネットに載っていたんだよ。それがね・・・・・・・?」
「・**あ**ぐ##・・・・・・・・・・・」
背中に冷たいものが走った。
友人の声が歪んで、何を言っているのか聞き取れなかったのだ。
現在の携帯はデジタル通信のはずだった。
こんな、ノイズが入る余地なんて?
耳に流れ込んでくる音声は、人のものではなかった。
濃密な液体の中で発するような、獣が呻くような声。
「もしもし、おい、聞こえるかい?」
「・*う***お##・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺はあきらめ、一旦通話を切った。
その後、友人との通話は無事に再開した。
友人の方も、やはり同じように、俺の話を聞き取ることが出来なかったらしい。
「異次元の行き方について、話したせいじゃないか」
友人は言って、笑い飛ばした。
しかし、不吉な出来事はそれで終わらなかった。
行くところはここ以外になかった。
俺は図書館へ行った。
持ち込んだ本を読むために、座る場所を探す。
窓際の一角に雑誌コーナーがあって、食や旅、科学や文芸雑誌に至るまで壁一面に雑誌が並んでいた。
それと対面した場所に長椅子が並んでいる。
俺はその一つに陣取り、バックから本を出して読み始めた。
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リングやらせんで知られる鈴木光司 の著作だった。
あるとき、忽然と人が姿を消す。
そんな内容の話で、読み進めるうちに、物語は核心に迫っていった。
何度か、背中がぞくりとする瞬間があった。
少し前に友人と話していた、異次元への扉と、小説の内容がリンクしたからだ。
もっとも、この本を読み始めた後に、ネットで異次元への行き方なる記述を発見したのだが。
本に夢中になっていると、視界の端で何かが蠢いた。
俺の目の前で、突然、雑誌が一冊棚から落ちて、ストンと音を立てた。
俺ははっとして、辺りを見回した。
俺以外に、雑誌コーナーに人はいなかった。
椅子から立ち上がり、一つだけ床に落ちた雑誌を拾い上げ、そっと棚に戻した。
表紙が見えるように、棚に置くようになっている。
科学雑誌だった。
表紙の文字を何となく目で追った。
~時間とは何か~
しかし目を引きつけられたのは、拾い上げた雑誌の隣に並ぶ科学雑誌の方だった。
~もう一つのブラックホール~
~裸の特異点~
その関連性にかすかな戦慄を覚え、俺はその雑誌を取り上げた。
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