ガットハロのブログ’混石’ -6ページ目

リライト

デモ音源というものがある。


 これは、「デモ」ンストレーションのために「音」を「源」泉かけ流し泉質はナトリウム塩化物泉神経痛や胃腸病などに効用があります、の略であり、要は制作段階で仮に作った音源のことだ。何が「要は」だ。温泉は一体何だ。


 何に使うかと言えばもちろん聴かせるのに使うのだが、誰に聴かせるかは人それぞれである。オーディションの審査員であったり、ライブハウスやレコード店に来る一般人であったり、バンドのメンバーであったりと、聴かせる相手とその目的によって音源の完成度も変わる。で、私についてデモ音源といえば、メンバーが練習前に聴くためだけに作る物だ。


 私のデモ音源は、各パートを不親切極まりない状態の適当な生録音や打ちこみ音源で作成している。ボーカルのメロディラインなどピアノのベタ打ちこみで済ませたり、そもそも無かったりする。歌えっちゃ歌うが大体の人は要らなそうだし。そして最近バンドやる範囲で私は歌わなくていいし。


 以上から何となく予想されるとおり、私の作るデモ音源はそりゃもうちょぼい。そして(正式な音源の作成が1年とか平気でかかるのに比べれば)完成が早い。最初に出来上がりのビジョンがはっきりとしていれば準備から後片付けまで含めて半日くらいで作れる。まあ、はっきりとしていた事などないが。


 ここで本題だが、デモ音源含む自前のバンド音源作成では「やり直し」の誘惑がとても強い。ドラム、ベース、ギター、ボーカル等々各トラックを曲が構成できる程度に揃えてしまったところで、ちゃぶ台返しのごとく全てをまっさらにしてしまいたい欲求がもりもり湧きあがるのだ。


 この誘惑の恐ろしさは、一通りのパートが揃ってから発生する、というところにある。トラックを揃える段階まではHeyベイベ気分上々颱風ノリノリりらっくまなのだ。ところがミキサー経由で全パートをえいやと流した瞬間、またはその後ミックスすべく何度か再生した時に、それはやってくる。今更のように、


コンナドウデモイイコトガヤリタカッタノカ


という声が分厚いコーラスワークでもって頭の中で歌い出すのである。


 消してしまえこんなガッチャい音源。ほらほらもっといい曲が浮かんできたろう消してしまえ。『美味しんぼ』で陶芸家が窯から出てきた駄作をパリンと割ってるの見たろう消してしまえ。ああ、至高のメニューで出てきた黄身の味噌漬けが無性に食べたい。味噌でも買いに行こうか。卵は鶏舎をずっと管理しながら初卵を選ぶのだ。大変だぞう。ケシテシマエ。


 いつの間にか頭が初卵でいっぱいになっている。そして次には手つかずな別の曲がとても魅力的に感じられるようになる。これが人前にさらす訳でもないメンバー配布用のデモ音源作成ごときで起こるというのがまた恐ろしい。どうしてこんなことに。なしてよ。


 なしてか。それは想像を形にする作業が、「無限の想像を有限の音に変換する」という性質を持つからではないか。私がへっぽこなのは確かだが、今挙げた仮説が正しければ、この「作りたい」「消したい」と相反する欲求は大小の差こそあれ楽曲の質や製作者の性能に関係なしで訪れるジレンマではないだろうか。


 私とて楽曲の作成前にイメージする音は結構すごいのだ。どの音がどの楽器から鳴ってるのかもわかっていない段階では。ところが、それを頭の中で各パートに振り分けるところから質の下落が始まる。この段階で曲はまだ頭の中なので、演奏を私が知る限りのスーパースターたちに任せている。だのに落ちる。選択肢無限の「音」が、私のセンスを頼りに有限たる「特定の楽器の出力音」へ固定され始めるからだ。


 次に具体的な録音作業。譜面の固定、自分たちの技術やパート数に応じてトラック振り直す、ギターとベース録る。ここで当然ながら質ががたんと下がる。先に述べたように、ドラムや他パートはイメージのフレーズからばっさりと単純化し、しかも適当にファミコンのごとき安い電子音で打ちこんで終了にしてしまうので、またしても質がすとんと下がる。


 ここからまがりなりにもミックス作業が始まるのだが、すでに初期のビジョンからかけ離れた出来にうんざりしているのである。なのに注意して音量なり音色なりを揃えてやらねば質はまだまだ落ちる。どこまで行く気だ地下何階だ。かけ流しできる源泉掘り当てちゃうぞコノ野郎。


 かくしてサエない気分で向かうデモ音源のミックス作業においては、脳内コーラスグループの『ネガティブ宮下合唱団』による妄想歌劇「自己愛の踊り」より第2楽章'ヤーメ・チーマエ'がループ再生されるのであった。この劇のクライマックスは不穏な旋律が印象的なソプラノのソロから始まる第4楽章'プロジャ・アルマイシの弁明'にて宮下がついにダッサダサの逃げ口上を実は悪魔の化けた姿である神官から伝授される場面なのだがそれはまだ先の話である。何の話だっけ。


 本当はそれほど気に病むことではない。デモ音源は少なくとも私たちにとって演奏の手引きでしかないし、バンドで鳴らせばこの救いなき音源よりははるかにマシな出来になることも知っているからである。生音マジックを信じて最後まで作るより他に私ができることはないのだ。


 ヒムロックも言っている。「本気・根気・クレイジー」と。さりげなく狂気。ジャンプのモットーだって「友情・努力・放棄」だ。さあみんな、あとはよろしくね。仮に頭の中にこんな声が響いていたとしても。


焼いて!…ねっ! スコア焼いてッ!


 黙れっつーに。