Gimme The Prize
「金のためにやっている訳ではない」
「人からの評価を求めてやっている訳ではない」
わざわざ言われると賛同し難い発言なのである。
私が金にもヒーローにもならない素人バンドマンである故か、前頭葉のどこかにそういう特定の人種に対する受信アンテナでも持っているのか、音楽絵画等、芸術芸能と大衆娯楽の間を行ったり来たりする各分野においては、上記のような発言をよく耳にする。
そりゃ開き直って「そうそう金が欲しいだけだよ」とか「好かれるならどんな嘘もオッケー」とか「クミコのどこが好き?」「Body.」とかいうのも、ちょっとどうかとは思う。また金や評価の為じゃない、という言説については色々な事情や深い見識が絡んでいたりもするので、簡単に否定はできない。これは本当に、そう思う。
なのだが、現代において、対価として支払われる金額は実にわかりやすい評価の形だし、自分の信条やそれに基づく行為に対し他者の容認を求めるのは人情であり、広く括ればそれこそが人生の目標と言っても過言ではない。
さて、真面目そうな話で知性をアピールできたことに満足したので、ここで視点を変えてみる。最初に挙げた2つの発言内容について、ふと思い付いたこと。
これは「ツンデレ」というやつではないだろうか。
はい台無し。やっぱり宮下は馬鹿だった。馬鹿ついでに我らが頼れる百科事典ウィキペディアさんに「ツンデレ」について
訊いてみる。
だそうです。「初め(物語開始段階)はツンツンしている(=敵対的)が、何かのきっかけでデレデレ状態に変化する(変化の速度は場合による)」、あるいは「普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつく」、もしくは「好意を持った人物に対し、デレッとした態度を取らないように自らを律し、ツンとした態度で天邪鬼に接する」ような人物、またその性格・様子をさす。
もともとはギャルゲーの登場キャラクターの形容に用いられるおたく用語であったが、2005年頃からはおたく以外の人々の間でも使われるようになった。
「おたく以外の人々の間でも使われるようになった」
ここに注意です。そうです私が「ギャルゲーの登場キャラクター」に親しんでいるからこんな単語が出るとかそういう話ではないです。報告以上です。サー。
私の趣味と語彙の密接な関係なぞどうでもいいのサー。問題はツンデレだ。ここで「でもギャルゲーが何なのかは知ってるんだ」とか言われるといやもう待って弁解は1000頁を超える大作になるのでやめてくださいホントに。
いい加減あきらめて話を戻す。本来、ただ創作することにおいて金銭及び他者からの賞賛は、確かに必須ではない。作りたきゃ勝手に作ればいいのだから。
ではあるものの、レベルの高い作品を作るためには物質的、精神的に何かしらの支えが必要なのは間違いないし、「心のこもった謝罪」を成立させることの難しさにも似て、お金を払うより意味のある支援を誰にでも行うことができる人は少ない。とか書いてたらふいに永ちゃんと皇室が思い浮かんだ。そうそう、ああいう方々がその少数派。…今とんでもない例を挙げた気がするが忘れろ。
また、たどり着きたい場所も報われる保証もなく「好き」「楽しい」だけを原動力に作る作品などロクな物では無い。「好き」「楽しい」だけで書いてるここのブログ記事を読んでいただければそれはよくわかるはずだ。うるさいよ。
しかし、目標を定めることを忌避し、褒められたい、買って欲しいという欲求を排除することに純粋性を見出す人は、確かに、居る。ひとりや二人じゃなく、いる。じゃあその人たちの理想は何なのか。
理想は「無自覚に良質な作品を生み出す創作者」なのだと思う。
なのにそれを望んだ時点で、その人からは理想形において最も重要な要素である「無自覚」が失われているのであり、さらには「良質」と言う価値すら世の中の、ひいては他者の評価に依存する、すなわち自分ひとりが楽しければいいわけではないという現実に気付いてしまうのではないだろうか。
そこで妥協案として捻り出されたのが「金や名声の為じゃない」という発言なのではないか、と思うのである。
ところでこの考えを元に話を進めてしまうと、ともすればツンとしたアイツも褒めたら鼻の下が伸びるよデレっとね、な方向に向かいかねず、いやいやそこまで冷笑的な意図はないから気にすることはないんよ、とジャガージュン市風に語尾でごまかしつつ逃げるように終わるのである。それこそ君、あれだ。
「言わぬが鼻」
なーんつってー。だから黙れや。