ガットハロのブログ’混石’ -22ページ目

The Beautiful People

 突然だが「飛び抜けた美人」という言葉について、用例を示す。

アイドルグループには飛び抜けた美人がいない

 あれ。違うよ私の意見ではない。ただの例文。ちょ、ちょっとアレだ。別の例文にしよう。これでどうだ。

今年の新入生は飛び抜けた美人がいなくてテンション下がる

 たった数行で大量の女性を敵に回した気がする。少量の集客を誇るブログの分際で。黙れ。あっ、ちょっと待って。どっちかというと今から上記例文を否定する方針なのでちょい待って。なんですその握りこぶし。あっ、恐ろしい。


 飛び抜けた美人とはどんな顔をしているのか。いやわかる。ものっすごい美人であろうなあ、までなら私にもイメージできる。そこで棒切れ振りかぶったあなただってわかるでしょう。問題はその先だ。冷静に考えて頂きたい。


飛び抜けちゃったら美人じゃないのではないか


 どうだろう。言葉遊びでもなんでもなく、左右が対象すぎてたり笑ってるのに笑ってなかったり、ちょっと怖い感じの顔でありそうな、そんな茫漠たる不安を私は感じる。感じないか君は。


 一説には美人の基準とは数ある美醜全ての顔の平均値に近いか否かである、らしい。このへん、鼻が高けりゃいいならピノキオがイケメンでクリリン超ブ男か、とか考えると納得はいく。「整った顔立ち」なる一言を思い浮かべれば十分な気もするが。


 それで何が言いたいのかって、あのその、顔立ちの美醜なんてのはたかだか平均値への寄り方だけで、本質的に高得点を目指す種類のものでもなかろうしこんなこと言い始めた私をぶったりしないでお願いします。


 セクハラチックな話題の弁解をする予定ではなかった。顔立ちの美醜と似た話かもしれない、そんな作業についてだ。


 という訳でイコライジングである。イコライジングとは…まあ詳しい人や書籍に当たっていただくとして、本件においては演奏者がギターアンプやベースアンプ付属の「high」とか「low」とかいうつまみをいじくる作業のことを指していると思われたい。


 俺はエフェクターで音作るし、と言う人もアンプのイコライジングと無縁ではいられない。嘘だと思うなら音色をガチガチに作り込んだエフェクターのセットをアンプに繋ぎ、アンプの設定だけ私に任せて頂ければ、一瞬で最悪の雑音にして見せよう。そんなしょーもない事で胸を張んなや。


 とにかくギターやベースの人が望みの音を作る際にほぼ間違いなくイコライジングを行っているのであり、これがまた奥深くておもしろい。面白がってばかりいると出る音が面白いことになって大変なこの作業、実は賛否両論、雲竜井蛙、悲喜交々なひとつの必勝法が存在する。枕詞がまるで必勝法的じゃない。


「ドンシャリ」な音というものがある。


 高音域と低音域を強調する方法、中音域を抑える方法、どちらかの方針で調整した音色だ。ドンが低音、シャリが高音でドンシャリ。地方の女子高生のごときネーミングセンスだが、音楽機材に関わるあれこれではそこそこ有名な単語、だと思う。元来ラジカセなど視聴環境の設定における単語らしく、転じてバンドマン界隈では各パートの音色そのものを指して言ったりする。


 で、このドンシャリサウンドは一部の音域を強調した分、さらっと聞いた時のインパクトが強いために「いい音」に分類される、ということらしい。また小さな音量でも音の全体像を把握できる、というメリットもあるようだ。つまり、ドンシャリは迫力がある(気がする)上に、聞き取りやすい(気がする)音なのだ。括弧がわずらわしいな。錯覚ってことか?(そうかもね。)


 ここで話が終われば、バンドでいい音を作るのはとても簡単だ。ドンシャリがいい音なんだから、ギターをドンシャリに設定して、ベースもドラムもボーカルもドンシャればいい。並んだ谷型EQが生み出すその音は4倍、いやさ12倍、そら恐ろしいほどのいい音になるのだ。おお、あしたはどっちだ!


 そんなわけないっしょ。そんなヨタ話信じてたら丹下のドヤ顔にうっかり騙されてドヤ街で糊口をしのぐ人生が待ってるぜ。ぷぷっ。


 細かい駄洒落はおいといて。いい音が12倍にならないのは「楽器単品のドンシャリはバンドサウンドとしてのドンシャリを保証しない」からだ。無理から先の美人さん話に絡めて言えば「パート単独で飛び抜けた美人を目指すと、バンドがブスになる」のである。ブスて。


 単品で飛び抜けたキレイな音がバンドで鳴らすとイマイチ、というのは冷静に考えれば当たり前である。演奏側が何人がかりで演奏しても、聴く側の耳に届くのは1つの曲だけだからだ。バンド演奏でもオーケストラでも弾き語りでも、それは変わらない。単品で完結できるような類の良い音ならば独奏にするべきでむしろ他パートは邪魔だ。当然よね。当然だわ。


 ならばバンド演奏で各パートが目指すべきは「1曲」を、すなわち全体像を美人さんにすることなわけで、手だけが綺麗な人は映画に出たりせず指モデルとかやるわけで(知らんけど)その時はその時で手首から下の全体像が綺麗でないとダメなわけで(知らんてば)つまりそういうことだ。どういうことよ。えーと、じゃあ美人さんとデートの日に前髪の先だけ5時間かけて整える人などいないように…なんだよ何の話だ。


 どうにも話が逸れるが、んじゃアレか、全員が音出すまでギターアンプいじくっちゃダメかというと、そうでもない。「他と合わせればバッチリ」という自分の音を単独で覚えておけばいい。少なくとも理屈の上ではそれで間に合う。


 そしてその音は、ギター単体だとなんだか頼りなかったり、時に耳障りスレスレなうるさい音だったり、なんだいちっともドンシャってないぞと思ったりすることが多くておもしろいなあ、という事なのだ。おう、そうそう、それが言いたかったのだよ。まとめると、


自分のパートにおいてイコライジングを行う場合、バンドサウンドのイコライジングを行っているという意識を持たねばならない。


ということだ。つまりこんなどっこでも聞けるどってことない事を言うだけの話をここまで逸らせて逸らせて蛇行させる程に、美人である事はまこと罪つくりなのであり、世の美人さん各位におかれては、そこらへん重々ご承知おきください。でへへ。ほらまた逸れた。