突然だが、私は敏腕スパイである。

コードネームは「G

様々なミッションで世界各国を渡り歩く私だが、現在は某C国のA媛県というところで激動の日々を過ごしている。

そんな私の元に一通の封筒が届いた。

BOSSからの指令書が入っているかもしれない。一呼吸を置いて私は封を開けた。


「運転免許証更新のお知らせ」


スパイという仕事柄、車にはあまり乗る機会がない。

車は防犯カメラ等に映りやすく、重要な証拠を残してしまいがちだ。

大きなミッションの時は、身一つで向かうのがスパイとしての私のこだわりである。

だが車を使用する依頼も稀にあるため、一応免許は取得している。


長々とそれっぽいことを語ったが、つまり何が言いたいのかというと

私は"ペーパーゴールドドライバー"である。


教習所に通い始めたのは私が21の頃。

スパイを志す以上、様々な車を運転する可能性があることからオートマではなくマニュアルを選択した。

パツキン美女とのドライブデートに恋焦がれ、華麗なギアチェンジに憧れていた当時大学生の「G


だが世の中は不条理なり。

2度の仮免試験不合格により、運転能力への自信はボキっと音を立ててへし折れた。

2度目の不合格を告げられた日の夜は私の心もエンストして枕を濡らした。

3度目の仮免試験で合格し、その後の路上試験、学科試験も何とかクリアしたが、最初につけられた傷は大きかったようで、憧れの免許証を手に入れてからも運転を避けてしまう私がいた。


まもなく大学を卒業し、そのまま上京。

大都会東京の荒波の中を運転する勇気など湧くはずもなく、衰える運転技術に反比例する形で、無事故無違反の免許証だけが気づいたらゴールドに進化していった。皮肉な話である。

ゴールド免許に進化してから5年、また更新の時期がやってきてしまったというわけだ。


くそ、なんでこのタイミングなんだ!

都民なのかA媛県民なのか曖昧なこの時期になぜ更新のタイミングが来るんだ!

自分の運命を呪った。

しかも前回の更新からのこの5年間、ほとんど車に乗っていない。

果たしてそれを更新と言えるのだろうか。



免許の更新には期限がある。

自分の誕生日の前後1ヶ月のうちに更新手続きを済まさなければいけない。

スパイGは、まだよく知らないA媛の地で免許の更新を急がねばならなかった。


調べてみると、私の滞在しているところから一番近い更新可能場所は、勝岡というところにあるらしい。

30分ほどかけて松山市まで出て、そこから更に40分ほどバスに揺られる。

松山からのバス運賃は片道820円。


いや、遠いよ、高いよ!!!

運転免許の更新費用だけで3000円かかるのに、そこからさらに1640円のキャッシュアップ。

ペーパーゴールド免許をキープするための障害はあまりにも大きかった。


まぁだが仕方ない。スパイ活動を続けていく上での必要経費である。

お財布事情が寂しくなることを受け入れ、私は更新に向けて予定を立てることにした。

運転免許更新の受付時間は、

平日及び日曜日(土、祝日は休み)

8:309:3013:0014:00


いや、少ないよ、短いよ!!!


8:0017:00

(8:309:3013:0014:00は職員の休憩が入りますので受付できません)


とかなら、わかるよ!

逆だよ逆!

なんで受付可能時間のほうが、二箇所しかないんだよー!!


大好きになり始めていたA媛県ちゃんに初めてイラついた。

だが依頼人との関係性を悪化させるのはプロのスパイ失格だ。

私は冷静になるよう努めて、状況の分析を始めた。

交通事情を鑑みると8:309:30での到着は難しいため、私に残された道は13:0014:00回の一点狙いである。オッズは0倍。



528日、この日を私はXデーに決めた。

この特大ミッション遂行のため、私は準備万端で当日を迎えた。


(ザザザァァァァァー)

私の予定など一切考慮しないと言わんばかりの雨の強さだった。

大雨警報が出ていた。

前の日から28日に雨が降ることはわかっていたが、遠慮など微塵もない強さだった。


せっかくXデーにしたのに...

どうしよう、別日にしようかな...

しかしスパイにとって、一度決めた日程を変更するなどあってはならないことである。

今日を全力で生きれないものに、明日はやってこないのだ


私はA媛で買った黒い傘を携え、家を飛び出した。

靴と靴下とジーパンを生贄に捧げ、ほとんど意味をなしていない免許証を更新しにいく。


松山まで辿り着き、運転免許センター行きの片道820円の高級バスに乗車する。

色々と不安だったので

「すみません、免許センター行きたいんですけど、終点まで行けばいいんですか?」


と運転手さんに質問したら


「え?いや、はい、そうですけど」

と小馬鹿にした感じで愛想なく言われた。



おい、テメー、こちとら820円払うんだから、最低限の礼儀はしっかりしろよぉ?

てめぇの免許も更新してやろうかぁ??あぁん?


いかんいかん。

スパイは常に冷静でいなければいけない。

世の中には色んな人がいる。心乱されてはいけない。

愛想悪い運転手との40分間ドライブを終えて無事に運転免許センターへと到着した。


入り口まで行くと既に長蛇の列が作られていた。

そうだよなぁ、1時間しかないから、沢山の人が殺到するんだよなぁ。


この機を逃したら、制限時間内に終わらないかもしれない。

私は急いでその列に並んだ。

だがバスに乗っていたときから、私の脳内に2文字の言葉がずっと思い浮かんでいた。


「尿意」である。


くそぉぉぉ、更新前に行きたかったのに、勢いに呑まれて列並んじゃったぁぁぁ、俺のバカァァ。


ゆっくりゆっくり列が進んでいく

はげしくはげしく尿意が押し寄せてくる


ただでさえ待たされたのに、県外からの転入手続きが必要だった私は更に時間がかかった。

視力検査を終え、次は写真撮影だ。

待てよ...

このままだと、新しい免許証の自分の写真が、尿意我慢してる顔になってしまう。

尿意我慢してる顔を5年間財布に入れておくだけの度量が私にはなかった。


「監督ぅ、便所いかせておくんなましー!」


男性スタッフに声をかけ、トイレへダッシュした。

スピード違反で減点1取られたかもしれない。



何とか全ての手続きを終え、最後に30分間の座学講習を教室で受けて解散となる。

「はい、皆さん、それではね、講習始めますね」

60歳くらいのおじいちゃん先生がこなれた感じで早口で講習を始めだした。

一言目を聞いただけで、スパイGは全てを察した。


あ、やばい♡ 方言きつい


ただでさえ方言きついのに、マスクしながら話すからモゴモゴ言ってて全く聞こえない。

視力検査はやったけど、これは新手の聴力検査かと疑いたくなるほど聞こえづらかった。

「すみません。聞こえないのでゆっくり話してもらっていいですか?」

という言葉が喉まで出かかったが、周りを見渡してみると他の受講生の皆様は何ともない顔をして座っていた。


え、聞こえないの俺だけ?

A媛の方言わからないから聞こえてないだけ?

それなら皆様の時間を奪ってはいけない...

スパイGはおとなしく我慢することにした。

スクリーンに表示されている情報を頼りに、耳に届いてこないおじいちゃんの言葉を想像する30分であった。


苦行を耐え、ようやく新しい免許証と対面した。



毛量の差だけなら、日本トップクラスの変化であろう。


今回も過酷なミッションであった。

大変な思いをして手にいれたゴールド免許だから、これからは少しずつ運転していこうと思う。A媛にいる間に運転スキルを磨きたい。


いつの日かパツキン美女とドライブデートへ行くために、スパイGの旅は続くのであった。

(to be continue...)



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