表題は、記録室という窓際から、最前線のエル・ファシル転属を命じられた時にヤンがつぶやいたセリフ。
学費が無料と聞いて国防軍士官学校の戦史研究科に学んだヤン・ウェンリ。しかし突然の廃科で戦略課程に進むハメに・・・それが最初の計算違い。
そして卒業後は「記録統計室で読書三昧」のはずが、やがて運命に導かれるように「エル・ファシル」に赴くことになる。・・・歴史家になるつもりの彼を、その歴史のほうが必要としていたのかもしれない。
ヤンが神に召されるまで、富山敬さんが彼の声を担当。その富山さん、それからわずか2年後、すい臓がんで没した。享年56歳、ホントに人生と言うのは、計算がたたない。合掌。
※エル・ファシルの戦いについては以下を参照して下さい。
http://www.page.sannet.ne.jp/tsuto/gin_bt/gin_bt22.htm
さて、僕の本業は建築士なんですが、
僕は建築科で学んだことがない。
それどころか、大学卒業後、まともに就職すら出来なかった。
青年は荒野を目指すものと決まっているので、
自転車で北を目指してみた。
これが面白くて、バイトしながら、そのまま日本一周することになる。
野宿ばかりの一年間。
ずっとお腹を空かしていたような気がする。
腹一杯ご飯を食べるために、
週に一度はユースホステルに泊まった。
ユースホステルってもの、今の若い人たちは知ってるんだろうか?
夕食後に「集いの時間」とかあって、
ホステラーどうし熱く語りあったりするんだぜ、ホント。
礼文島の桃岩荘では、
沈む夕日を見ながら、ギターに合わせて大騒ぎ。
酒も飲まずに、肩組みあって、歌って泣いた。
・・・あれって、いったい何だったんだろう?