石倉先生の「世界一役に立つ実戦手筋」
読破しました。
昨日の第1、2章に続いて、第3、4章に挑戦しました。
わりと簡単でしたが、第4章のヨセには、いくつか見るべき問題があります。
これだけでも、読んだかいがありました。
囲碁以外の本でもそうですが、一つでも感心したり得るものがあれば「良し」とすべきでしょう。![]()
手筋の中には、実戦詰碁と同じ題材がいくつかありました。
不思議なことですが、見覚えはあるけれど、答が思い出せない。![]()
よく知った人でも、違った環境で遇うと、見分けられないようなものです。![]()
ということは・・・
「実戦詰碁」の勉強が、まだ足りない!
もう、20回以上やったんですけど~ ![]()
先日の対局で、やはり「実戦詰碁」で学んだ形が出てきたのですが、対応を間違えました。
相手が違う手順で来たので、応用できなかったのです。
「実戦詰碁」を完全にマスターして、ひと目で分かるようにしておく。
そうしないと、周囲の配石や手順が少し変わっただけの局面で、応用できないことが分かりました。
局面によっては、覚えている筋を使わない!
・・・というのも、立派な応用です。
ええいっ! この際、50回やってやる!
そう、決意しました。
「実戦手筋」の方は、5回くらいで足りるような気がします。
今年もクロッカスが咲き始めました。
歯に関する川柳に応募して、当たった2,000円の図書券。
さ~て、どんな囲碁の本を買うか迷いました。![]()
1冊目は、この本。
表紙を「ひと目」見るだけ、にならないようにします。
もう一冊は、この本にしました。
しめて2,625円、持ち出し625円です。
この2冊の本の共通点は・・・
① カバーが白い!(この記事との境界線なし)
② 簡単な問題集!
と、いうことですね。
石倉先生の実戦手筋は・・・
第1章 攻め合い 見本1題ほか 33題
第2章 石を取る 見本1題ほか 31題
第3章 地の中に手あり 見本1題ほか 35題
第4章 ヨセ 32題
合計 134 題
石倉先生の実戦詰碁が123題だったので、合計数にこだわりがあるのかも知れません。
早速、第1章と第2章の問題にチャレンジしました。
実戦詰碁より簡単です。
というか、私が詰碁・死活に弱いのかも知れません。
第1章では、「タヌキの腹ツヅミ」が出てきました。
M .レドモンド先生が、NHKの講座で紹介した筋です。
今回、しっかり覚えます。![]()
明日中に、第3、4章も読破できそうです。
昨日は母の随筆を引用しましたが、今日は私の「おやき」の思い出です。
環境のせいもあったのでしょうか、我々兄弟は、毎日のように寝小便をたれました。
祖父が経営する馬具店の二階、七畳半の変形一間。
一枚の布団に、脚と脚が向かい合うようにして幼い兄弟四人が寝ます。
シーツの下にはゴムのカッパを敷きますが、誰か一人がやらかすと大洪水です。
父が夜中に私達を起こして、「おまる」で用を足させるのですが、それでも朝までにやらかすのです。
困り果てた両親は、「一週間のうち、たれなかった日数だけ、おやきを買ってやる」と提案しました。
兄弟達はみんな張り切りましたが、それで、たれなくなるものではありません。
結果は、長男3、三男(私)2、四男4、次男0です。
約束どおり「おやき」が当たりました。
泣きそうにしている次男に、長男は知らん顔、私も微妙。
四男の弟が一個、分けてやったのを見て、誰もが「ほっ」としたのを覚えています。
その後、次男の兄は大学の教授になり、ときどき偉そうなことを言いますが・・・
兄弟達は、「ションベンたれの○○ちゃん」と、内心で思っているのです。
ま、目くそが鼻くそを笑うようなもんですね。![]()
昨日18日は、実家の雪囲いをはずしに出かけました。
母は俳句をやっていて、同人誌に俳句と共に随筆を寄稿しています。
その中から一部を抜粋して紹介しましょう。
おやき
昭和二十三年(1948)の秋から、私達夫婦は、夫の両親と暮らすことになった。
つまり、夫の職場の高校に最も近いということと、夫の両親が経営している馬具店の台所係の女中が病気入院ということで、若い元気な長男の嫁をこの際是非にと、夫の両親が決めたらしいことは、随分後で判った。
しかも移転した夜に、私達夫婦と四人の子供の食費代として、月二万円を必ず入れることを、はっきり姑に申し渡されたのである。
この時の夫のサラリーといえば 二万八千円なにがしで、姑に親子六人の食費を差し出すと、どう計算してみても残金八千円なにがしで、これをやりくりすると眼がまわるどころか、脈が止まるほどの日々が、いとも淡々と始まった。
つまり私達親子六人と夫の両親二人と職人四人、合計十二人の賄いの日々。
食費を姑に出した後の八千円なにがしで、保育所の四人分を支払うと、あと何ほども残らない日々が七年ほど続いたように記憶している。
それでも週に一回くらい、わりに近くの銭湯に行くのが何よりの楽しみで、その銭湯の帰りには必ずおやき二つ買えるだけの釣り銭を、子供達も心待ちにしていた。
おやき屋も心得たもので、熱いほかほかのおやきを、ひょいと目打ちで刺して「はいよ!二つだもんねぇ」と渡してくれる。
これを割って、ふうふう吹いて、四人の口の中に次々入れる。
このおやきを割ったとき、ほんの僅かながら指の先に付いた餡(あん)なるものを、ひょいと口に入れて、今にこのおやきなるものを一つまんま食べさせて・・・と。
そして私も一つまんま食べたいものよ・・・としみじみ思った。
(中 略)
雪の夜の、風呂上がりのあどけない赤い頬っぺと、桃色の舌に、ふうふう熱いおやきをば吹いて入れた、半分ずつのおやき・・・。
夢まぼろしの様な、遠い昔の親子の雪の夜のできごとよ、と、たまらなく懐かしい限りである。
雪の夜の おやきの餡の 熱きかな
私も、銭湯帰りに「おやき」を食べたことを覚えている。
ただ、母がどんな思いで子供達に「おやき」を買ってくれたのかは、今回初めて知ったのである。




