シルクロードのコイン([平山コレクション]シリーズ)

発行日:1992(平成4)年5月8日 第1刷発行

定価:40,000円(本体38,835円)

編者:田辺勝美

発行者:野間佐和子

発行所:株式会社 講談社

数量 :197p

大きさ:35cm

ISBN:4062047489


田辺勝美(たなべかつみ)

1941年 静岡県に生まれる。1965年東京大学教養学部教養学科卒業。

1969年 同大学院(美術史)修了。

1967-78年

パキスタン、ソ連邦(旧)、イラン、イラク等で考古美術調査を行う。

1973-78年 東京大学助手。

現在、(財)古代オリエント博物館研究部長。シルクロード研究所(所長平山郁夫、鎌倉)紀要「シルクロード考古美術」(英文)編集委員長。専攻は、西アジア、中央アジア美術史。


外箱の表



外箱の裏



本体(「週刊少年ジャンプ」との大きさ比較)



目次

P5:「序文 古代コインについて」吉川逸治


以下、各章のタイトルに沿ったコインがカラー写真で掲載されている。

P9:「シルクロードのコインの歴史」(P53〜P60は解説文)

P61:「国王と王妃の肖像」(P97〜P104は解説文)

P105:「神々の世界」(P141〜P147は解説文)


P149:「掲載目録」(作成:山﨑宏文)

P191:「参考文献」

P192:「シルクロード・王朝略地図」

P195:「古代コインとの出会い」平山美知子


「掲載目録」には260点掲載
(P5〜P148までのカラー図版のページに掲載されているのは、260点の内の、ほんの一部)
目録は、
王朝名または地域名、発行者名または都市名
統治年代または発行時期
金属名、貨幣単位
重量
表裏の図柄・銘文(原文+訳文)、掲載頁の順に記載。

図版は、コインの表を左側に、裏面を右側に配し、原寸大で掲載。



本文、カラー図版ページ

(「週刊少年ジャンプ」との大きさ比較) 写真デカっ!



本文、カラー図版ページ 梟も、デカっ!

(「週刊少年ジャンプ」”こち亀“の最終回掲載号。1976(昭和51)年42号〜2016(平成28)年42号まで連載)



以下、実物のコインを置いて図版の写真のデカさを実感して貰います。爆笑

プトレマイオス朝エジプト  (前304〜前30年) プトレマイオス5世 

c. 204-180 B.C. 

銀4ドラクマ

Ptolemies Ptolemy V 

AR 4 Drachm 13.83g


表面:鎧を身に着け、ディアデム(鉢巻)を戴く右向きのブトレマイオス頭部。p.67掲載


裏面:金剛杵(古代インドの武器、後の密教法具)の上に左向きの鷲(ゼウス神)。

[銘] プトレマイオス王の。





キリキア(トルコの南東部、地中海沿岸の古代都市。首都はタルソス)  マザイオス(人名)

C.361-334 B.C.

銀1スタテール

Cilicia Mazaios AR Stater 10.86g


表面:下肢にヒマチオンをまとい、玉座に坐る左向きのバール神。蓮の花が上部についた杖を左手に持つ。右手に鷲、葡萄の小枝、穀物の穂を持つ。

[銘]B'AL TRZ タルソスのバール神(シリア地方の嵐の神→雨季の到来→豊穣の神)。p.113掲載


裏面:雄牛を襲う獅子。下方 モノグラム。

[銘]MZDA マズダ(アフラ・マズダ神=自動車メーカーのMazdaの語源←ゾロアスター教の善神。p.15掲載



フェニキア(地中海東沿岸、現在のレバノンの領域)  アラドス市(アルワード島)

c. 67/6 B.C.

銀4ドラクマ

Phoenicians Arados

AR 4 Drachm 14.98g


表面:右向きのテュケ胸像。城壁冠を戴き、髷を結い、うなじに髪を垂らし、ベールが肩にかかる。p.128掲載




裏面:左に進むニケ立像、頭の頂で髪を結び、長いキトンをまとい、腰で結ぶ。右手にアフラストン船を持ち、左手になつめ椰子の枝葉を持つ。周りを月桂冠で囲む。左に日付と発行マーク。

[銘] アラドス。

p.128掲載



ササン朝ペルシア(後224〜651年) ホスロー2世 

A.D.591-628 

銀1ドラクマ

Sasanians Khusrau II 

AR Drachm 4.14g


表面:鷲翼、三日月と星のある城壁冠を戴く、正面を向くホスロー胸像。

[銘] KhUSURUI MaLKaN MaLKA 諸王の王、ホスロー。p.89掲載


裹面:頭光のある、正面を向く、アーディティヤ(太陽神)胸像。

[銘] AIRAN AFZUT ANI ITI イランの栄光に尽くされんことを。p.89掲載




アルサケス朝 パルティア(前248頃〜後224年)  フラーテス4世

C.38-2B.C.

銀1ドラクマ

Arsacids Phraates IV 

AR Drachm 3. 68g


表面:ディアデムを戴き、尖った髭の、左向きのフラーテス像。左に星と三日月、右にディアデムをくわえた鷲。p.78掲載


裹面:弓を持つ、右向きの祖先神(アルサケス)像。

[銘] 善をなす、正義をなす、栄光に輝く、ギリシア(人)を愛す、諸の王、アルサケスの。



アルサケス朝 パルティア(前248頃〜後224年)  フラーテス4世

C.38-2 B.C.

銀4ドラクマ

Arsacids Phraates IV 

AR 4 Drachm 14.72g


表面:ディアデムを戴き、短い髭の、左向きのフラーテス胸像。p.25掲載


裏面:右になつめ椰子の枝葉と豊穣の角を持つテュケ、左に玉座に坐るフラーテス王。

[銘]  善をなす、正義をなす、栄光に輝く、ギリシア(人)を愛す、諸王の王、アルサケスの。p.91掲載



コリンティア コリント市(町のシンボルはペガサス。女神アテナは町の守護神)

C.330-320 B.C.

銀1スタテール=銀2ドラクマ(8.6g)

Corinthia Corinth 

AR Stater 8.44g


表面:左へ飛翔するペガサス(メドゥーサの首を切り落とした時に飛び散った血から生まれた聖獣)。p.13掲載


通常、人物(神や王)の顔がコインの表面、動物は裏面に表現される場合が多いがコリント式ステーター銀貨は動物(ペガサス)が表面で、女神(アテナ)が裏面に描かれている。



裏面:兜をかぶる、左向きの女神アテナ頭部。頭の後ろに飛翔するニケ。P.13掲載


アテネのテトラドラクマ銀貨(梟銀貨)では、女神アテナはアッティカ式兜を被っていたが、ここではコリント式(顔をすべて覆うタイプ)の兜を斜に被っている。

おしまい爆笑

竜50銭銀貨を2枚、入手しました。


銀座コインのオークションで落札。

明治34年(1901年)と36年(1903年)の「極美品」と「極美品+」の品です。


50銭銀貨の歴史を調べてみました。

(写真は全て今回の入手品ですが)


明治4年(1871年)

金本位制「新貨条例 」布告

補助銀貨幣(銀800/銅200)として

50・20・10・5銭が制定された。



明治4年(1871年)制定

旭日竜大型50銭銀貨

直径31.515mm

厚さ1.72mm

量目 12.50g

品位 銀800/銅200

表面:阿竜(口を開けた竜)

裏面:菊紋と桐紋・日章菊枝と桐枝


明治5年(1872年)改正

旭日竜小型 50銭銀貨

(量目増加・直径縮小・厚さ増加)

直径30.909mm

厚さ1.96mm

量目 13.4785g

品位 銀800/銅200

表面:阿竜

裏面:菊紋と桐紋日章菊枝と桐枝


明治6年(1873年)改正

竜50銭銀貨

(裏面の日章を廃止して縦書き漢数字の金額に変更・桐紋の廃止・表面の横書きの漢数字の金額をアラビア数字とローマ字に変更)

直径30.909mm

厚さ1.96mm

量目 13.4785g

品位 銀800/銅200

表面:阿竜

裏面:菊紋菊枝と桐枝


明治8年(1875年)

「新貨条例」を「貨幣条例」に改称


明治11年(1878年)

貿易銀(一円銀貨)の一般通用を許可。この措置により貿易銀は本位貨幣の資格を持つに至り、法制的にも日本は金銀複本位制を取ることになった。


明治14年(1881年)

「貿易銀」は単に「一円銀貨」と改称された。


明治19年(1886年)から明治29年(1896年)までの11年間は50銭銀貨は発行されませんでした。


明治27年(1894年)

日清戦争勃発、翌年終結

(この戦争で得た賠償金が後の金本位制の原資となる)


明治30年(1897年)

「貨幣条例」が廃止されて、金本位制を基本とする「貨幣法」が公布される。

(貨幣条例も金本位制を採用していたが実質は銀本位制に移行していた)

従来、本位貨幣たる地位を堅持していた一円銀貨も明治31年4月1日を通用期限、同年7月31日を引換期限と定められた。


明治30年(1897年)制定

竜50銭銀貨(今回入手したタイプ)

(裏面と表面の呼称逆転)

直径30.909mm

厚さ2.14mm

量目 13.4783g

品位 銀800/銅200

表面:菊紋菊枝と桐枝

裏面:阿竜


明治36年(1903年)頃から銀価格が上昇し始め、含有銀の価格が額面価格以上になって鋳つぶされる危険性が生じてきた。


明治37年(1904年)

日露戦争勃発、翌年終結


明治39年(1906年)改正

(量目を25%減じ、竜紋を廃止、日章復活)

旭日50銭銀貨

直径27.272mm

厚さ2.10mm

量目 10.125g

品位 銀800/銅200

表面:菊紋菊枝と桐枝

裏面:日章桜花連環


大正7年(1918年)改正

八咫烏(やたがらす)50銭銀貨

(鋳造後、日銀に引き渡されたが銀価格高騰のため回収され流通せず)

直径24.848mm

厚さ 不明

量目 6.75g

品位 銀800/銅200

表面:菊紋桐紋向かい鳳凰

裏面:日章八咫烏桜花紋八稜鏡の枠


大正11年(1922年)改正

小型50銭銀貨(鳳凰50銭銀貨)

(品位低下・量目減少)

直径23.50mm

厚さ1.45mm

量目 4.95g←初代50銭銀貨の4割

品位 銀720/銅280

表面:菊紋と桐紋・向かい鳳凰

裏面:日章桜花紋八稜鏡の枠


大正12年(1923年)

関東大震災


当時の50銭の貨幣価値

明治36年(1903年)の日雇い賃金の比較


農作職(女)→25銭

農作職(男)→ 30銭

靴職→ 51銭3厘

金属餝り職→ 57銭5厘

レンガ製造職→ 61銭3厘

車製造職→ 64銭

指物職→ 70銭8厘

瓦屋根葺き職→ 70銭8厘

陶磁職→ 75銭

漆器塗職→ 77銭5厘

レンガ積み職→ 82銭5厘

おしまい爆笑



御即位記念十万円プルーフ金貨

偽造対策のため凝りに凝りまくったホログラムのスラブケース入り



裏面



通常版

御即位記念十万円金貨

・「五七の桐」と「日本国」のホログラムのブリスターパック入り

年銘: 平成2年

・ <表>鳳凰と瑞雲

・ <裏>菊花紋章と桐と唐草

・品位: 純金

・直径33.0mm

・厚さ2.4mm

・ 量目30.0g

・販売価格:十万円

・製造期間平成2年10月〜平成3年3月

・引換開始日:1991年(平成3年)4月10日

・発行数: 190万枚



裏面

偽造対策:ブリスターパックに精密な文様を施し、通し番号を印刷した特殊な紙を封入した。



封入された特殊な紙(紙幣印刷に用いる大蔵省印刷局の高度な技術を採用した)




天皇陛下御即位記念10万円プルーフ金貨幣セット(単独)外箱







加水分解して表面の合成皮革がベトベトになって、こそげ落ちまくっている悲惨なケース。御慶事の品なんだから、もっとマシな業者を選んで欲しかった。えーん



【昭和64年】1989年1月7日

皇太子 明仁親王(55歳)が第125代天皇に即位



平成二年法律第二十九号

(平成2年6月13日)

天皇陛下御即位記念のための十万円の貨幣の発行に関する法律


第一条 政府は、天皇陛下御即位を記念するため、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和六十二年法律第四十二号)第五条第二項に規定するもののほか、十万円の貨幣を発行することができる。



ケースを出し入れする度にケースの表面の合成皮革がこびり付く外箱の内部ムキー



平成二年政令第二百四十五号

(平成2年8月10日)

天皇陛下御即位記念のための十万円の貨幣の形式等に関する政令



天皇陛下御在位60年記念十万円金貨大量偽造事件の余談


輸入経路の捜査状況

平成9年5月の時点


国内コイン商C社は1,000枚

(平成2年1月29日、富士銀行日本橋支店に入金して事件発覚)


国内コイン商B社は4万3,094枚

(昭和63年8月から平成2年1月までの間、31回にわたり十万円金貨を輸入していた)


上記の2社は同一の英国人コイン商から購入。

(この英国人コイン商の入手経路はスイスのコインブローカーE1から購入)


国内コイン商A社は6万1,750枚

(スイスのコイン商D社から昭和63年3月から平成2年1月頃までの間に43回にわたって十万円金貨を輸入し国内の銀行に入金)

(スイスのコイン商D社の入手経路はスイス・ユニオン銀行ジュネーブ支店から購入した)

(スイス・ユニオン銀行ジュネーブ支店の入手経路はスイスのコインブローカーE1から購入)

(スイス・ユニオン銀行ベルン支店スイスのコインブローカーE1から十万円金貨2,176枚を購入し、同行東京支店に送付している旨の捜査結果報告を得た。)


*偽造事件発覚11日前の平成2年1月18日にスイスのコイン商D社(代表D1)から十万円金貨2,000枚を輸入したA社の代表取締役A1は前記D1からの依頼により翌日、大阪造幣局に赴き、前記金貨のうちの2枚(うち1枚は、後日、偽貨と判定されて警視庁に押収された)についてその真偽の鑑定を依頼した。これを受けた造幣局作業管理部研究室長F1は、A1の持参した金貨をブリスターパックを開披することなくルーペで観察し、おそらく真貨であろうと推定する趣旨の発言をした。しかしそれ以上に断定的な言い方はせず、A1に対し真偽鑑定規則に基づく正式鑑定の手続を説明した上、正式な鑑定に際しては金貨を切断したり溶解したりする必要がある等と述べている。これらを聞いたA1は、金貨2枚はいずれも真貨と判定されたと即断し、その後に大阪造幣局に対し正式鑑定の依頼をすることは無かった。


偽造金貨の鑑定状況

スイスのコインブローカーE1を供給源として、日本に輸入あるいは送付された十万円金貨の総数は、昭和63年3月から平成2年2月10日までの間に10万8,020枚となっていた。


(2)警視庁捜査第三課員は、10万8,020枚の十万円金貨のうち差し押さえたもの合計4,200枚以外の十万円金貨の追跡捜査を行い、所在が判明した1万8,099枚について、所有者・保管者等から任意提出を受け、十万円金貨2万2,299枚を、平成2年1月から平成4年4月までの間に科学捜査研究所及び大蔵省造幣局の鑑定に付したところ、その全てについて偽造であるとの鑑定結果を得た。

 また、日本銀行発券局においても、同行に入金されている十万円金貨について大蔵省造幣局に鑑定を依頼したところ、うち8万5,647枚が偽造と鑑定されたため、それを受けた同行は、右8万5,647枚を捜査第三課員に任意提出した。

 従って、捜査第三課員の押収にかかる偽造と鑑定された記念金貨は10万7,946枚に達している。


捜査第三課はスイスのコインブローカーE1の偽造金貨の入手先等について、捜査官をスイスに派遣する等して捜査を続けているが、捜査は難航しており、捜査員の人数も、当初の30人から平成6年2月には4人に縮小された(スイスのコインブローカーE1は平成7年12月に死亡した模様)。捜査第三課は、前記各金貨のほか、別の所有者・保管者から任意提出を受けた1万8,099枚及び日本銀行発券局から任意提出を受けた8万5,647枚を含め、合計10万7,946枚の金貨の押収を継続している。


損害賠償請求事件

東京地裁平四(ワ)第八〇〇九号

平9・5・26民事第一八部判決

原告:英国人コイン商

被告:東京都、国


判決

主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。


❶偽造の疑いがあるとして司法警察員がなした十万円金貨の押収につき国家賠償法1条所定の違法がないとされた。


大蔵大臣及び税関長から受けた外為法上及び関税法上の輸入許可の審査は当該支払手段が真貨であることを前提に行われる公益的なものであって、右審査をする職員に個々の国民との間で通貨の真偽を確認すべき法的義務はないとされた。


造幣局のF室長がA1に対して行った対応は、天皇金貨の真偽の非公式打診に対する感想を述べ正式の鑑定手続の教示をしたにすぎないと解されるから、同室長の右行為をもって国家賠償法一条一項の適用上違法であると解することはできないとされた。


おしまい爆笑