父が透析をしてどのくらいのだった頃だっただろうか。
5、6年位だったかもしれない。ずいぶん慣れてきてもう生活の一部のようになっていた頃だった。
母もだいぶ仕事も覚えてちょっとずつ慣れてきた頃だったように思う。
父の検査の数値が悪いのが続いた事があった。
そんなある日、父が透析から帰ってきてから母に「数値が悪いけん、これから毎日の食べたものを書いてくれ。書いたものを持ってくるようにと看護士に言われたんや。」と言っていた。
私はこんなに忙しく生活の中心になって働いている母になんでまた負担がかかるようなことを言うのだろうと思った。
腹が立った。でも父の体の調子も気になった。
母も本当にえらいことになったなあと言いながらも毎日父が食べたものを書いて、さらにカロリー計算までした紙を提出していた。
きっとカロリー計算もするように言われたのだろう。
あんまりにもひどい話だと思った。
母はカロリー計算なんかしたことなかったと思う。もちろん、塩分控えめとか果物の量とかは意識していたと思う。
提出していた紙には栄養士さんが書くような食べ物や量、料理に使っている材料、調味料、カロリーと細かく書かれていた。本当に大変だったと思う。
これを仕事が終わってから毎日、夜になると朝昼晩の食べたものを思い出しながら寝る前に書かないといけないのです。
今でこそ日常的にもカロリーをいくらにして痩せようとかダイエットとかよく言っているが当時はそんなことはしてなかったし、カロリー計算なんて栄養士さんくらいしかしてなかったと思う。
そんな時代にそんなことを看護士に言われて母と父が頭を抱えながらもしばらく提出していた。
私は昼は病院食が出るので朝と晩ごはんだけかと思っていたのですが実際は父が昼病院で食べたものは紙に書いて母に渡していたのです。
ある時に看護士に「どうして塩分3グラムってわかったんな?」と聞かれたことがあったそうです。
父は「奥さんが計量スプーンで計ったから。」と答えたそうです。
こんな事が2ヶ月か3か月位続いたように思います。いやもっとかもしれません。
さすがに母も辛かったのだと思います。
近くに栄養士になれる短大があったのでそこに進学してはどうかと言われたことがありました。短大ではあったのですが3年間行けば栄養士の資格が取れる学校でした。
大変なのを見ていたし、文化系と理数系が混じったような栄養士ってちょっと私のような不器用な人間には向いていないような気がしたので親には悪いなあと思いつつ、「いや、私には難しそうやなあ。大変そうやし。」と言って断りましたが。
今となっては栄養士になっていれば仕事の幅も広くてよかったのかもしれませんが。
そんな事があってしばらくするといつの間にか数値も安定したのかもう持っていかなくてもよくなっていました。
私もほっとしました。
でもなんか悪く言いたくはないのですが本来ならば本当に父の体のことを思うのであれば昼間の食事は病院食なのだから病院での記録となるのではないでしょうか?
仕事をしているにも関わらず何ヶ月にもわたってしたこともない素人の人間にカロリー計算をさせて持ってこい、というのはどんなものでしょうか?
実際、書いたところでそんなに急激に数値が良くなるわけでもないし、実際急激に良くもなりませんでした。またそれをしたからといって透析自体をやめれることもないのです。
今回のことは嫌がらせとしか思えませんでした。
後から聞く話によるとその看護士は本来は看護士でなかったのにいつの間にか看護士になっていた、そんな人だったのです。
こんな人が透析患者や透析患者の家族をこんなにしていじめていたとしか私には思えません。このことはどうしても書いておきたかったのであえてここに書き残したいと思います。
もし透析患者さんやご家族の人がこんなことをされたら断固として拒否してくださいね。
当時は本当に透析の知識も少なかったし、まわりにも透析患者が少なかったので言いなりになっていましたが本当につらかったです。
こんなことしてでも透析を続けなくてはならなかったと思うと本当に今になっても思い出しただけでも腹が立ちます。
もし、同じようなことが要求されたらこのブログを見せてでも拒否してくださいね。